カテゴリー「シナリオ・脚本」の記事

シナリオ「ただいまの日」

◆あらすじ   

 中学三年生の杉山勇治は、偶然雨宿りをしたギャラリー星野のショーウィンドウに、自分の母親と似た絵を見つけ、気になり入店する。店では全盲の星野庄造が扉の絵を大切にしながら暮らしていた。
 十年前の事故で妻の節子、娘の夕子、自らの視力を失った星野が街をさ迷い酒に溺れる毎日を送っていたことから、隣人の江本は、星野に扉の絵を描くことを勧め、扉を開けて妻子が帰って来るようにと願い、星野は扉の絵を描いた。
 勇治は亡き母を思い父の再婚話に反発していた。亡き母親の絵をキャンバスに描く勇治。
 勇治は、江本の話から自分が星野の孫であり、自分が父の実子ではないことを知る。実子ではない事実から父に反発する勇治。
 その頃ギャラリー星野はマンション建築のための立ち退きを迫られていた。星野は扉の前から動くことを拒否、立ち退きも拒絶。一方、勇治は、自分が父の実子では無いことにショックを受けていた。学校でも嘲笑され。悔しさをにじませる勇治は、星野に孫だと打ち明けるか迷っていた。孤独を感じる勇治。
 突然街大地震が襲う。パニックの街。
 ギャラリー星野は倒壊。江本は勇治にお父さんを助けろと促す。勇治は迷ったが決断し、父を探しに行く。父の杉山は勇治を探しながら思い出を噛みしめ、勇治も父との思い出を思い出していた。家に到着した勇治と杉山は再会する。杉山は「お前は俺の子だ!」と叫び、勇治は涙を流す。
 八ヶ月後、復興が進んだ街。卒業式の日、勇治は杉山に再婚を認めると告げる。
 地震後に新築したマンションで、江本は勇治に説明する。星野の相続人である勇治がギャラリー星野を受け継ぐこと、杉山と江本はギャラリー星野の再建に動いていたことを。
ギャラリー星野の入口には、絵を再現した扉が設置されていた。勇治は「ただいま、おじいさん」と言って扉を開けるのであった。

 

◆登場人物一覧

杉山勇治(15)

杉山剛(45) 勇治の父。
星野庄造(65) ギャラリー星野店主。
江本(65) 家具のえもと店主。
江本の妻(63) 
杉山夕子(30) 勇治の亡母。
光井まりこ(40) 杉山剛の再婚相手。
吉田(40) 市の都市計画担当
山元(55) 不動産屋
宮島(54) オーナー
商店街の人たち
教師
生徒たち
アナウンサー

 

◆シナリオ本編

○ふじのやま高等学校・敷地内
   下校のチャイムが鳴っている。
   生徒らが楽しそうに談笑しながら下校。
   運動場では野球など部活動をしている。
   杉山勇治(15)、建物掲示板を見ている。
   壁の掲示は、「ふじのやま高校 芸術美術コースの樋口くん 文化芸術祭 金賞受賞おめでとう!」とある。

 

○同・事務局窓口
   事務員、木の無さそうな様子で大判の茶封筒を勇治に渡す。
   封筒を受け取る勇治、目を伏せる。
   封筒の表には『ふじのやま高等学校入学願書』。

 

○同・校門外
   勇治、封筒を開いて中を見る。
   入学願書、『芸術美術コース』課程のパンフレットを見つめる。
   願書にポツリと雨が落ちる。
   空を見上げる勇治。
   薄暗い雲。
   突然の大雨。
   願書を胸に抱え、駆け出す勇治。

 

○(回想)杉山家・勇治の部屋
   中学生らしい、雑然とした部屋。
   カーテンは閉まり、薄暗い。
   壁には油絵のカレンダーの切り抜きがいくつか貼られている。
いずれも古く染みがある。
   キャンバスに向かい絵筆で色をのせる勇治。
   三十代女性の上半身を書いている。
   キャンバスのそばには写真が無造作に貼られている
   セピア色の写真の中には、微笑む女性。
   女性の目の下には、特徴的なほくろ。
   勇治、写真と絵を見比べながら、丁寧に色をのせていく。
   突然、小さな地震が起き、ガタガタと部屋が揺れる。
   部屋の蛍光灯が揺れる。
   揺れのせいで勇治の絵筆が滑り、絵の女性の目の下のほくろを描こうとしていた色をはみ出してしまう。
   勇治、ため息をついて絵筆を水の入ったコップに投げ込む。
   勇治、ベッドに転がる。
   写真の女性のそばには、5歳くらいの男の子が写っている。

 

○(回想)同・部屋の前
   杉山剛(45)、少しためらいながら、部屋のドアが軽くノックする。
   しんと静かな廊下。
   杉山、少し迷い、ドアを細目に開けて、勇治を呼ぶ。
杉山「勇治、話があるから、下りてこい」
   勇治の返事はない。
   杉山、溜息をついてドアを閉め、勇治の部屋前を後にする。

 

○(回想)同・勇治の部屋
   ベッドに寝転がっていた勇治、起きあがる。

 

○(回想)同・リビング
   父子家庭らしい、雑然とした室内。
   リビングの隅の仏壇には、勇治がキャンバスに描いていた同じ女性の写った写真立てがある。
   位牌に『杉山夕子享年三十歳』とある。
   食卓の椅子に座り、勇治を待つ杉山。
   杉山、テレビのスイッチを押して消す。
   静かなリビング。
   杉山の手元には女性の写真。
   杉山、神経質そうに机を規則的に叩く。
   リビングに来た勇治、嫌そうな様子を露骨に見せ、杉山の向かいの席に座る。
   勇治、杉山をにらんでいる。
   杉山、勇治の顔をじっと見ながら、机の写真を見せる。
   優しそうな笑顔を浮かべる女性の写真。
杉山「勇治、この女性、覚えているか」
   勇治、杉山を見ないように顔をそらす。
勇治「うん」
杉山「去年の暮れに、一緒に食事をしたのを覚えているか。光井まりこと言うんだ。父さんはこの人と結婚しようと思う」
   勇治、表情が固まる。
   杉山、勇治の表情をじっと見ながら、
杉山「まりこさんは、父さんが働いている工場で、事務をしている。優しい人だ。きっと勇治も気に入ると思う」
   勇治、顔を杉山に戻し、にらみつける。
目は涙が浮かんでいる。
勇治「母さんは、どうなるんだ」
   勇治、振り返って仏壇を見る。
   杉山、諭すように、
杉山「勇治。母さんが亡くなってもう十年だ」
   杉山、ため息。
杉山「お前は今年で十五歳だ。死んだ人は帰ってこない。分かっているだろう」
   勇治、憮然とした表情で立ち上がる。
杉山「勇治! 話はまだ終わってない」
   勇治、リビングを出ようとする。
杉山「勇治! 高校はどうなったんだ! 決まったなら教えろ――」
   勇治、杉山をにらみつけて出て行く。
   杉山、ため息。

 

○商店街
   本降りの雨。
   雨に濡れた商店街。
   勇治、願書を濡れないようにしっかりと抱えながら走る。
左右を見回し、雨宿り先を探す。
   どこまでも続く雨。
 
○ギャラリー星野・外観
   見るからに古い、老朽化した建物。
   ショーウインドウの中に数枚の絵画が飾られている。

 

○同・店先
   勇治、雨宿りのため店先に飛び込む。
   全身ずぶぬれである。
   勇治、抱えていた願書を背負っていたリュックサックの中に入れる。
   顔を上げて店のショーウィンドウに飾られてある絵に気づく。
   風景画、静物画等、いくつも展示されている中に、女性の絵がある。

 

   *   *   *
   イメージ。
   勇治の描くキャンバス。
   勇治がモデルにしている写真。
   写真の女性の目の下にある特徴的なほくろ。
   店に飾られた女性の絵。
   絵の女性の特徴的なほくろ。
   女性の微笑み。
   勇治の描く女性と、写真の女性、店に飾られた女性の絵が二重写しのように重なり合う。
   イメージ終わり。
   *   *   *

 

   勇治、息をのむ。
勇治「母さん……?」
   店の看板を見る。
   『ギャラリー星野』
   ガラス戸には『本日、開店中』。
   勇治、ためらいながらも、入店する。

 

タイトル『ただいまの日』

 

○ギャラリー星野・店内・奥
   星野庄造(65)、大きな扉の形を描いた 
キャンバスを拭いている。
   星野は全盲であり、手探りの作業。
   時々、立ち上がり、物にぶつかりながらも、拭き終える。
   星野、扉の絵が描かれたキャンバスをコツコツとノックするように叩き、音を確かめる。
星野「これで良し、と」
   星野、満足げ。
   その時、ギャラリーの入り口のドアに取り付けているチャイムが鳴る。
   星野、顔を上げる。
星野「おや、お客さんかな」
   星野、手探りのまま、店の入り口の方向に向かう。

 

○同・店内・ギャラリースペース
   勇治、入店し、左右を見回す。
   老舗の古くさい、小さな画廊である。
   ショーウィンドウに飾られていた女性と同じ絵がいくつか飾られている。
   雑然としていて、壁際にキャンバスが無造作に立てかけられている。
   勇治、緊張した面持ちで、
勇治「あの、すいません」
   店の奥から、星野が出てくる。
   星野、手探りの中、レジスター前の椅子に座る。
勇治「あの……」
   勇治、星野の目が見えないことに気づく。
勇治「あ、あの……すいません」
星野「何か気になる作品でもあるのかね」
勇治「あ、はい。あの、店の表の、ショーウィンドウに飾ってある女性の絵なんですけど……」
   星野、笑顔になって、
星野「あれかね、娘の夕子だ」
   勇治、驚いたように、
勇治「夕子? もしかして……」
星野「夕子は今、孫と一緒に買物に行っている。もうすぐ戻ると思う」
   勇治、落胆したように、
勇治「そう、ですか……」
星野「それじゃあ、好きなだけ見ていきなさい」
   星野、椅子から立ち上がる。
   勇治、恐る恐る尋ねる。
勇治「あの、おじいさん、目が見えないんですか?」
星野「(笑って)君ははっきりと聞くね。目の見えない人が珍しいのかね?」
勇治「ええ、まあ」
星野「十年くらい前かな、事故でね。あれから何も見えない」
勇治「あの、おじいさん……」
星野「私の名前は星野庄造。星野と呼んでくれ。君、名前は? 小学生なのか?」
勇治「(むっとしたように)杉山勇治。一応、来年高校生です。合格したら、ですけど」
   星野、頭をかいて、
星野「こりゃすまない」
勇治「あの、星野さん」
星野「ん?」
勇治「目が見えないのに、絵が分かるんですか?」
   星野、笑って、
星野「キャンバスを触れば大体分かるものだ。後は慣れだ。店にある絵は全部、目が見えなくなる前に書いたものだ。一つだけ、見えなくなった後に書いたものがある。見てみるかい?」
   勇治、驚き、嬉しそうに、
勇治「はい!」
   星野、店の奥に行く。
   勇治、星野の後についていく。

 

○同・店内・店の奥
   所狭しとキャンバスや画材などが積まれている。
   雑然とした雰囲気。
   奥の壁に立てかけられた、等身大の大きなキャンバスには、古ぼけた木製の扉の絵が描かれている。
木目や特徴的な意匠の施された取っ手の部分まで繊細に表現されている。
   扉の絵に歩み寄る星野。
星野「この絵は、『おかえり』っていう絵だ」
勇治「『おかえり』?」
   星野、勇治に椅子を勧める。
   勇治、椅子に座る。
星野「十年前、事故に遭ってから妻の節子が帰ってこなくなった。娘の夕子も」

 

○(回想)病院・病室
   星野、ベッドの上で目覚める。
   目から頭部にかけて大きな包帯が巻か   
れている。
看護師と言い争う星野。
看護師が制止するのも聞かず、退院する星野。

 

○(回想)街のどこか
   目が見えない状態で町をさ迷う星野。

 

○(回想)街の花屋
   店員に妻子のことを尋ねるが断られる星野。

 

○(回想)街の書店
   店員に妻子のことを尋ねるが断られる星野。

 

○(回想)街の交番
   巡査に妻子のことを尋ねるが断られる星野。

 

○(回想)街のどこか
   目が見えない状態で町をさ迷う星野。どんどん全身が汚れている。

 

○(回想)商店街の一角
   歩き疲れて路上で寝そべる星野。
   足下に酒瓶が沢山転がっている。
   ひそひそ話をする商店街の人たち。
   商店街の人たち、星野を連れ出す。

 

○(回想)星野自宅・庭
   庭付きの戸建てだが、庭の草が伸び放題、廃墟のようである。

 

○(回想)星野自宅・庭
   草刈り作業をする商店街の人たち。

 

○(回想)星野自宅・室内
ごみ屋敷のように散らかっていた室内を掃除する商店街の人たち。
   徐々に片付いていく室内。
   キャンバスなどの画材道具も運び込まれる。

 

○(回想)星野自宅・リビング
   白いキャンバスの前に座る星野。
   手探りの中、パレットに絵の具を出し、指先で絵筆を確認し、キャンバスに塗っていく星野。
   青緑黒といった歪な色が塗られていく。
   目が見えないために思うように絵が描けないことに苛立ち、画材道具を壁に投げつける。
   水を入れたバケツが衝撃で倒れ、水が床に広がる。
   強い酒をあおる星野。
   床には沢山の酒の瓶。
   散らばる画材道具。

 

○ギャラリー星野・店内・店の奥
   星野、《おかえり》のキャンバスを愛おしそうに撫でる。
星野「商店街の人たちは、きっと妻の節子と娘の夕子は、迷子になっているって言うんだ。それで隣の江本さんが助けてくれて、この絵を書いたんだ。この扉の絵さえあれば、節子と夕子は迷うことなく、いつでもここに帰って来られるって」
 
○(回想)星野自宅・リビング
   江本(65)、目の見えない星野に絵筆を握らせ、キャンバスに色をのせていく。
   星野、絵筆を握り、キャンバスに顔を近づけ、絵をのせる。
   そばで見ている江本。
   パレットを床に落とし、床を絵の具だらけにする星野。
   床を拭く江本。
苛立ち、画材を壁に投げつける星野。
星野を説得する江本
   水入れをこぼし、怒りに震える星野。
思い直し、床を拭く星野。
   そばでほほ笑んで見つめる江本。
   ようやく完成した絵の手触りに、涙を流して喜ぶ星野。
   労をねぎらい、肩を叩いて喜ぶ江本。
   完成した扉の絵。
   光り輝くような扉。

 

○ギャラリー星野・店内・店の奥
   星野、扉の絵をなでる。
   うっとりと、幸せそうな表情。
   星野、扉の絵をノックする。
耳を寄せてうなずく。
星野「まだ帰って来ないようだ」
   星野、笑顔。
   勇治、何とも言えない表情。

 

○同・店先
   雨は上がり、青空が広がっている。
   勇治、店を出る。

 

○杉山家・外観(夜)

 

○同・玄関
   勇治、靴を脱ぎ、家に上がる。
   玄関の物音に気付いた杉山が玄関に顔を出す。
杉山「遅かったな」
   何も言わない勇治。
   杉山、怒った様子で、
杉山「返事しろよ、勇治」
   勇治、靴を靴箱に投げ込み、勢いよく靴箱を閉める。
   音が大きく響く。
   勇治、杉山のそばを素通りし、二階へ上がる。
   杉山、ため息。

 

○同・勇治の部屋
   勇治、キャンバスに貼られた写真を取り上げる。
勇治「母さん……」

 

○ギャラリー星野・店前
   学校帰りの勇治、学生服のまま、店の前に立つ。
   入り口のガラス戸の取っ手をつかむが、開かない。
   ガラス戸には『本日は都合により閉店します。またのご利用をお待ちしています』。
 
○家具のえもと・店先
   ギャラリー星野の隣店、家具のえもと。
   汗だくになりながら、店先の家具を磨いていた江本、隣店前の勇治に気付く。
江本「今日は星野さん、病院だよ」
   勇治、声に振り向く。
勇治「病院って?」
江本「星野さん、心臓悪くてね。時々薬もら 
いに行っているよ」
   江本、勇治の顔を見て驚く。
江本「あんた、星野さんのところの……」
   勇治、驚く。
勇治「え?」
江本「ああそうだ、君、星野さんのお孫さんだろう。星野さんの若い頃によく似てるなあ。名前は、ゆう、ゆう……夕子は娘だから、ゆう、勇治、だったかな」
   勇治、驚いて声も出ない。
江本「違うのか?」
勇治「あ、いえ、あの、あの、えーと……」
   勇治、焦る。
   江本、大笑いをする。
   江本の声に気付いた江本の妻(63)、店の中から出てくる。
   江本の妻、勇治に気づき、笑顔で手招きする。
江本の妻「暑いから、中で涼んで行きなさいね。手作りおはぎもあるのよ」
   江本と江本の妻、店の中に入る。
   勇治、迷いながらも中に入る。

 

○同・店内
   タンスや椅子、テーブルなど、手作り家具が並べられている。
   勇治、落ち着きなく周りを見回しながら、家具を見る。
   丁寧な作りで、木目が美しい。
   江本、勇治を店の奥のテーブルに案内する。
   着席した勇治、落ち着かずに見回す。
   江本、着席したが再び席を立ち店の奥に行く。
   江本と入れ替わり店の奥から江本の妻が麦茶・おはぎ・おしぼり(それぞれ三個)を乗せた盆を持ってくる。
   江本の妻、持ってきたこれらを配膳しながら、勇治に向って、
江本の妻「江本の妻です。あなた、お名前は?」
   勇治、緊張した様子で、
勇治「杉山勇治といいます。隣の星野ギャラリーに来たんですが、留守みたいで……」
江本の妻「星野さん……ああ、今日は病院の日だったわね」
   江本の妻、着席。
   江本、店の奥から戻ってくる。
手には古い写真アルバム。
江本「なつかしいものばかりだ」
   写真には、古い町並みが写っている。
   江本と星野が肩を組んだ若い頃の様子や、店のオープン時が写っている。
   勇治、江本の妻も写真を見る。
   江本、着席し写真をめくっていたが、中から一枚の家族写真を見つける。
若い頃の、星野、妻の節子、娘の夕子の三人が写っている。
夕子のお腹は大きい。
江本「これが星野さん、奥さんの節子さん、娘の夕子さん。この時にお腹に入っていたのが、勇治君、君だ」
   勇治、笑顔になる。
江本「で、このすぐ後に、夕子さんのだんなさんが亡くなったんだっけ」
勇治「え?」
   勇治、固まる。
   江本、しまったという顔をする。
江本「あっ! 知らなかった?」
勇治「え、ええ」
   江本の妻、江本をたしなめる。
江本の妻「あなた!」
   江本、頭をかく。
江本「夕子さん、君を産む前にだんなさんを病気で亡くしたんだよ。女手一つで君を育てている時に再婚したんだっけな。その後に事故に遭ったんだよ」
江本の妻「あの事故はいつでした?」
江本「十年くらい前じゃないか?」
勇治「母が亡くなった事故ですか?」
江本「そう」
江本の妻「あれはひどい事故でしたね」

 

○(回想)道・交差点付近
   赤信号で停車する車。
   運転席に星野、後部座席に節子、夕子。
   夕子の膝には誕生日ケーキの箱。
   節子、誕生カードを開いている。
   《ゆうじくん 5歳のおたんじょうび おめでとう》
   笑顔で会話をする3人。
   青信号に変わり、進行する車。
   突然、反対車線からトラックが突っ込んでくる。
   衝撃。
   後部座席足元の誕生ケーキがひっくり返って落ちる。
   フロントガラスに張り付いた誕生カードには血がにじんでいる。

 

○家具のえもと・店内
江本「あの事故で星野さんは目が見えなくなって、おまけに頭をやられてね。妻と娘が死んだことを決して受け入れなかったんだ」
江本の妻「お葬式もしたんだけど、どうしても認めなくて、奥さんと娘さんを探すって言って、あちこち探し回って、大変だったわ。毎日お酒飲んで暴れて」
江本「勇治君、星野さんのギャラリーで、扉の絵を見たかい?」
勇治「ええ、見ました。《おかえり》っていう扉の絵ですよね」
江本「そう、あれは、私のアイデアなんだ。毎日奥さんと娘さんを探し回って、大酒飲んで暴れている星野さんに、立ち直るきっかけを作ってあげたかったんだ。扉の絵を描いて、その絵の前で奥さんと娘さんを待ってみてはどうかと勧めたんだ」

 

○(回想)ギャラリー星野・店内
   扉の絵の前で椅子に座り待つ星野。
   手にはウイスキーのグラス。
星野、微笑んでいる。

 

○家具のえもと・店内
江本「それはそうと、星野さんは、君のことを孫だって知ってるのかい?」
勇治「いえ……」
   江本、勇治を叱る。
江本「なぜ教えないんだ。家族を失った星野さんが、どんな思いで十年間待ち続けているか、君には分からないのか?」
   江本の妻、江本をたしなめる。
江本の妻「あなた!」
   江本、頭をかく。
江本「すまない。言い過ぎてしまった」
勇治「いえ……」
江本の妻「星野さん、心臓が悪いのよ。大切にしてあげてね。あなたの大切なおじいさんなんだから」
勇治「はい……」
勇治、頭を下げる。

 

○家具のえもと・店先(夕刻)
   勇治、夕焼けの空を見上げる。
   勇治の手には写真がある。
それは若い頃の星野、妻の節子、娘の夕子が写っている。

 

○杉山家・玄関(夜)
   勇治、靴を脱ぎ、家に上がる。
   玄関の物音に気付いた杉山、玄関に顔を出す。
杉山「おい、毎日どこに行っているんだ」
   何も言わない勇治。
杉山「返事くらいしろ! 勇治」
   勇治、靴を靴箱に投げ込み、勢いよく靴箱を閉める。
   音が大きく響く。
   勇治、無言で杉山のそばを素通りする。
   勇治、杉山に背中を向けたまま、
勇治「僕、父さんの本当の子どもじゃないんだろ。だから毎日、ガミガミ叱るんだろ!」
   杉山、表情を変える。
杉山「……誰から聞いた」
   勇治、涙をためた目で怒鳴る。
勇治「本当の父さんは、僕が母さんのお腹にいるときに死んだんだろ!」
杉山「……勇治、聞いてくれ、父さんの話を」
勇治「誰が父さんだよ。まりこさんと再婚して、僕を捨てるつもりなんだろ!」
   勇治、言い捨てて振り向かずそのまま2階へ上がる。
   杉山、肩を落とす。

 

○ギャラリー星野・店内
   奥のテーブル席に、市の都市計画担当の吉田(40)、不動産屋の山元(55)、オーナーの宮島(54)が座っている。
   星野、手探りをしながらお茶を持ってくる。
   お茶を配膳した星野、三人の前に座る。
星野「申し訳ないが、何度来てもらっても、できないものはできないんですよ」
吉田「いいですか、あなた一人の問題じゃないんですよ。ふじのやま市の再開発計画は、市民一人ひとりの協力が必要なんです」
宮島「私は、商店街の外れにあるこの場所に、マンションを建てて、若い人たちを住まわせたいんです。人が集まれば街は活性化する。別にあなたを追い出す訳じゃない。一旦立ち退いてもらった後は、補償金として、新しいマンションの一階に、同じようにお店を作ってもいいと思っているんです」
星野「何度も言うようだが、私は新しいお店は要らないんだ。この場所が必要なんだ」
山元「星野さん、よく考えて下さいよ。こんな美味しい話、普通ないですよ。マンションを建築する時の引っ越し費用も全部、こちらのオーナーの宮島さんが出してくれるんですよ」
   宮島、うなずく。
   星野、立ち上がり、扉の絵の前に行く。
星野「私にはこの場所が必要なんだ。ここから出て行ったら、妻と娘が帰って来れなくなる」
   山元、呆れて、
山元「噂通りの偏屈じいさんですね。扉の絵の話はもういいでしょう。大体、奥さんも娘さんも亡くなってもう十年経つって言うじゃないですか。何を馬鹿なことを」
   星野、激怒する。
星野「いい加減なことを言うな! 節子も夕子も必ず戻ってくる! さあ、話は終わりだ、 出て行ってくれ!」
   吉田、宮島、山元、呆れて顔を見合わせる。
   店を出て行く三人。
   星野、扉の絵の前で泣き崩れる。

 

○ふじのやま中学・教室
   教師が英語の授業をする。
   真ん中の席に座る勇治。
   勇治、上の空で授業が耳に入らない。

 

○(回想)家具のえもと・店内
江本「夕子さん、君を産む前にだんなさんを病気で亡くしたんだよ。女手一つで君を育てている時に再婚したんだっけな。……」
   『だんなさんを病気で亡くした』とフレーズだけが残響しリフレインされる。

 

○ふじのやま中学・教室
   教師、勇治を指さし大声で呼ぶ。
教師「杉山! おい杉山!」
   上の空のる勇治、教師に呼ばれている声が耳に入らない。
   教師、勇治の机のノートを取り上げ、勇治の頭を叩く。
教師「お前はまた下手くそな絵ばかり書いてたんだろう」
   生徒たちが笑う。
   教師、見せびらかすように、ノートをひらひらさせる。
   勇治、顔を伏せる。
   勇治のノートには、消しゴムや本などの静物画がスケッチされている。
教師「紙の無駄遣いなんだよ、杉山」
   生徒たちが笑ってはやし立てる。
生徒たち「画伯! 画伯!」
   勇治に丸めた紙屑が投げつけられる。
   勇治、唇を噛みしめ、拳を握り締める。
   勇治、顔を上げ、ふっ切れたように教科書をリュックに詰めて立ち上がる。
生徒たち「画伯! 画伯!」
   はやし立てる生徒たち。
   教室の出口に立つ勇治の背中にボールが投げつけられ、勇治、たたらを踏む。
   教師、教科書を叩く。
教師「はいはい。えーと、杉山は本日朝から欠席だったということでーー」
   生徒たちが笑う。   
   勇治、唇を噛み締めたまま、大股で歩き、教室を後にする。

 

○ギャラリー星野・店内
   店内は絵が片づけられてすっきりしている。
   勇治、ギャラリーの中を見回して、絵が少ないことに気付く。
   店の奥で江本が絵をダンボールに片づけている。
   扉の絵の前で座る星野、背中を丸くしてぶつぶつと呟いている。
   勇治、江本に近づき、
勇治「江本さん、どうしたんですか?」
   振り向く江本。
江本「勇治君。実はね、ここを立ち退かないといけなくなってね」
   勇治、驚く。
勇治「立ち退き?」
江本「私の店も立ち退きするんだ。そしてここにマンションが建つ」
勇治「マンション?!」
江本「立ち退きの補償金でマンションの一階に星野さんと私のお店が入ることになった」
勇治「凄いですね」
江本「マンションのオーナーが美術品とか骨董品が好きらしくて。ありがたい話だよ」
   勇治、星野を見て、
勇治「星野さんは?」
江本「朝からずっと扉の前から離れない。妻と娘が帰ってくるのを待つといって聞かないんだ。立ち退きは渋々オーケーしてサインしたけど、それからずっと、扉の前だ」
   勇治、話しかけようと近づくが、星野、全く振り向こうとしない。
   勇治、江本を見る。
   江本、肩をすくめる。

 

○杉本家・勇治の部屋
   ベッドに寝転がる勇治。
   手には、江本からもらった写真。
   勇治、写真を見つめる。
勇治「星野さんは、僕のおじいさん……」
   勇治の目から涙が落ちる。
勇治「僕の本当のお父さんはもういない……」
   勇治、嗚咽する。
勇治「僕は、一人だ……」

 

○同・勇治の部屋の外
   杉山、細く開けて中の様子を見ていたが、ドアを静かに閉める。
   杉山、大きなため息をついて、一階に下りていく。

 

○ギャラリー星野・店内
   扉の絵以外、全てが片づけられて空っぽの店内。
   扉の絵の前で、床に直接座る星野。
   手にはお酒がある。
   微笑む星野。

 

○(回想)公園
   公園でスケッチをする学生服の星野と、女学生の節子、談笑している。
   よちよち歩きの赤ちゃんの夕子を真ん中に一緒に散歩する節子、星野。

 

○(回想)ギャラリー星野・店先
   開店祝いの花が飾られている。
   星野、節子、隣の家具屋の江本と並んで記念撮影する星野。

 

○(回想)星野家・居間
   星野、節子、女学生の夕子との食卓。
   夕子が恋人を紹介し驚く星野、節子。
 
○(回想)結婚式場
夕子の結婚式で泣く星野、節子。

 

○(回想)病院・病室
   病院のベッドで先夫の臨終に立会い、泣き崩れるお腹の大きい夕子、そばで泣く星野、節子。

 

○(回想)ギャラリー星野・店内
   子どもの勇治を膝に抱く夕子をモデルに絵を描く星野。

 

*   *   *
   イメージ。
並んで歩く四人、星野、節子、子ども勇治、夕子。
   四人の歩く先に夕景、その中に光り輝く扉がある。
   節子が扉を開けて中に入る。
   続いて勇治を抱えた夕子が入る。
   星野が取っ手に手をかけ、中に入ろうとした瞬間、扉が跡形もなく消える。
   星野、泣き崩れる。
   イメージ終わり。
*   *   *

 

○ギャラリー星野・店内
   地面が大きく揺れる。
   天井の蛍光灯が激しく揺れる。
   星野、床に伏せる。
   星野の上に扉の絵が倒れる。
   何かが次々と崩れる音。

 

○ふじのやま中学・学校外
   学校帰りの生徒が沢山いる。
   勇治、突然、視界が揺れ、座りこむ。
   悲鳴が聞こえる。
生徒たち「地震だ!」
   走り出す生徒たち。
   勇治、立ち上がり慌てて駆け出す。

 

○商店街・店頭テレビ
   テレビの緊急地震速報。
   《震源 ふじのやま市 震度6 マグニチュード6》
   アナウンサーが繰り返し地震情報と身の安全を確保するように伝える。
   商店街は行き交う人でパニック状態。

 

○ギャラリー星野・店前
   建物は倒壊し、瓦礫になっている。
   駆け付けた勇治、息も絶え絶え。
勇治「星野さん! 星野さん!」
   勇治、コンクリートを持ち上げようとするが、動かない。
   江本が駆けつける。
江本「勇治君、危ない、ここは危険だ!」
勇治「でも、星野さんが……」
   江本、悔しそうに首を振る。
江本「救助が来るまでは手も足も出ない」
勇治「でも僕、まだ言っていないんだ! 星野さんに本当のこと。僕が孫だって!」
   江本、勇治、ともに泣き崩れる。
江本「いいんだ、もう、それはいいんだ」
勇治「星野さん、ずっと扉の前で待ち続けて ……何で僕は言わなかったんだろう、僕は馬鹿だ、僕は……」
   江本、勇治を押し出す。
江本「勇治君、君にはお父さんがいるだろう」
   勇治、目を見開く。
勇治「でも、父さんは……」
江本「君のお父さんはたった一人だろう。お父さんはどこだ。探してこい」
勇治「父さん……」
   江本、勇治の体を揺する。
江本「いいか、今行かないと一生後悔するぞ! 家族を守れ! 勇治君!」
勇治「……うん!」
   勇治、走り出す。

 

○地震の街のモンタージュ
   地震に襲われた町。
   あちこちで黒煙が上がっている。
   壊れた建物。
   帰宅困難者で溢れる町。
   けがの手当てを待つ人たち。
   建物の屋上で助けを呼ぶ人たち。

 

○ふじのやま中学校・校門前
   避難場所となっている学校には地域の人たちが集まっている。
   杉山、集まっている人の中を見て探す。
杉山「勇治! 勇治! 杉山勇治!」
   学生服の集団を見つける。
   生徒たちの中に飛び込む杉山。
杉山「私の息子、見ませんでしたか? 杉山勇治です。どこかで見ませんでしたか?」
   首を傾げる生徒たち。
   走り出す杉山。

 

○街のどこか
   走る杉山。
   学生服を見つけて声をかける杉山。
   人違いと分かり、謝る杉山。
   再び走り出す杉山。

 

○(回想)杉山の会社(建設会社)・社内
   事務机で作業する夕子、見つめる杉山。

 

○(回想)同・会社前(夜)
夕子を待ち伏せし、夕子に手紙を差し出す杉山、驚く夕子。
   照れくさそうに頭をかく杉山。

 

○(回想)レストラン・店前(夜)
   正装し緊張して待つ杉山。
   幼い勇治を連れた夕子に戸惑う杉山。

 

○(回想)レストラン・店内
   食事をする夕子、杉山、勇治。
   勇治に話しかける笑顔の杉山。

 

○(回想)公園
   散歩する夕子、勇治、杉山。

 

○(回想)杉山家・居間
   バースデーケーキを囲み、火を吹き消そうとするができずに泣く勇治、大笑いする夕子と杉山。
   夕子の通夜で喪主を務める杉山。
そばでおもちゃで遊ぶ勇治。

 

○(回想)街のどこか(夕方)
   買い物袋を手に、勇治を背負う杉山の後ろ姿。

 

○街のどこか
   帰宅困難の避難民で溢れる道路。
   杉山、立ち止まり、大声で叫ぶ。
杉山「勇治! 勇治!」
   杉山の声が長くリフレイン。

 

○街のどこか
   勇治、走りながら叫ぶ。
勇治「父さん! 父さん!」

 

○(回想)学校・教室
   参観日で発表する勇治を嬉しそうに見つめる杉山。

 

○(回想)学校・運動場
   運動会で、弁当にかぶりつく勇治を嬉しそうに見つめる杉山。

 

○(回想)杉山家・勇治の部屋
   ベッドの上で熱にうなされる勇治の着替えをさせる杉山。

 

○(回想)杉山家・食卓
   エプロン姿の杉山、食卓で待つ勇治。

 

○(回想)神社・縁日(夜)
   勇治を肩車し、縁日の催しや見世物を見せて歩く杉山。
 
○杉山家・庭(夕方)
   地震で倒壊した家。
   勇治、周囲を見回しながら杉山を探す。
勇治「父さん! 父さん!」
   屋根が傾いている。
   勇治、思い出したように、
勇治「母さんの写真!」
   勇治、傾いた屋根の中に入ろうとする。
   がたん、と屋根が傾く。
   勇治、慌てて建物から遠ざかる。
   家に到着した杉山、中を覗き込む。
杉山「勇治!」
   杉山の場所からは勇治の姿が見えない。
杉山「勇治、死ぬなよ! 絶対に死ぬな!」
   杉山、大声で叫びながら、屋根のそばにやってきて、勇治と同じように屋根を持ち上げようとする。
   勇治、杉山、互いに気付く。
   一瞬止まったような時間。
   杉山、顔面を歪め、勇治に駆け寄る。
   勇治、固まって動けない。
   杉山、勇治の頬を思い切り叩く。
勇治「何すんだよ……」
   勇治、杉山をにらみつける。
   杉山、勇治を抱擁する。
杉山「馬鹿野郎! 死んだと思ったんだよ!勇治! 心配させるなよ!」
   勇治、目を開く。
勇治「父さん……」
杉山「馬鹿野郎! この、大馬鹿野郎……」
   勇治、泣きながら謝る。
勇治「父さん、ごめんなさい、父さん、ごめんなさい」
   杉山、泣きながら叫ぶ。
杉山「いいか、よく聞け! お前は、俺の子どもだ! 誰が何と言おうと、お前は、俺の、たった一人の、大切な子どもだ!」
勇治「父さん、ごめんなさい、父さん、ごめんなさい」
   救急車・消防車のサイレンが聞こえる。
   重なり合う二人の姿が夕闇に消える。

 

T「八カ月後」

 

○復興の進んだ商店街
   瓦礫を運び出す若者ボランティアの姿。
   炊き出しボランティアの姿。
   商店街の店頭でおしゃべりをする中年女性たち。
   忙しく物を運び出す中年男性たち。
   昼寝をする猫。
   買い物をする親子連れ。
   穏やかな日常。

 

○中古アパート・外観(朝)

 

○同・杉山の部屋
   雑然とした室内。
   洗面所でネクタイをする杉山。
   勇治、洗面所に顔を出す。
杉山「卒業式は、十時、だよな」
勇治「うん。じゃ、行ってきます!」
杉山「おう」
   勇治、行きかけたが、洗面所に戻り、
勇治「父さん、帰りに、ギャラリー星野に行ける?」
   杉山、洗面所を出て、
杉山「もうオープンするのか? 早いな」
勇治「オープンはまだらしいんだけど、江本さんが、一足先に見て欲しいって」
杉山「オッケー」
   出て行こうとした勇治、思い出したように再度戻ってくる。
杉山「何だ、忘れものか?」
勇治、少し黙っていたが、
勇治「お父さん、再婚、していいよ。僕、まりこさんのことを『お母さん』って呼べないと思うけど」
   驚く杉山。
勇治、はにかむように、
勇治「……今のところ、言いたいことは、それだけ」
杉山、笑顔でうなずく。
杉山の目に、光。

 

○ふじのやま中学・教室
   生徒たち、全員着席している。
   勇治、真ん中の席に座っている。
   教師、神妙な面もちで、
教師「今日、みんなは卒業式を迎える。この中学校の生徒でいられるのは、今日が最後だ。後悔だけはするなよ」
生徒「はい!」
   教師、新聞紙面を広げて見せる。
満面の笑み。
教師「それから、めでたい知らせがある。杉山勇治君の描いた絵が、全国の芸術コンクルールで特選を受賞した」
   どよめく生徒たち。
   拍手が起こる。
   恥ずかしそうな勇治。
教師「勇治君は、ふじのやま高校の芸術美術コースに進学が決まっている。えーっと、(咳払いして)いつだったか、『下手な絵』と言ってすまなかったな」
   生徒たち、笑う。
   勇治、穏やかに、首を振り、
勇治「別にいいんです」
   教師、立つように促す。
教師「さあ、最後の晴れ舞台に行こう」
   ぞろぞろと教室を後にする生徒たち。

 

○同・体育館
   満席の客席、卒業生。
   次々と名前を呼ばれ、壇上に上がる生徒たち。
   勇治も名前を呼ばれ、卒業証書を受け取る。
   客席には杉山の姿。
   杉山、勇治の姿をカメラ撮影している。
 
○マンション・外観
 
○マンション・入口
   地図を手に、周りを見回す勇治。
   勇治に気付いた江本、向かいの道から走ってくる。
江本「正式なオープンは来週なんだが、権利者の勇治くんには一番先に見てもらおうと思って」
勇治「権利者?」
江本「星野さんの財産だよ。このギャラリーの土地と建物は、星野さんの孫である君が相続したんだ。実は、君のお父さんと、弁護士さんとが話し合って、君に内緒でギャラリー星野を作ろうという話になって」

 

○(回想)喫茶店・店内
   江本、杉山に弁護士を紹介する。
   弁護士の胸には弁護士バッジ。
話し合う江本、杉山、弁護士。
設計図を前にアイデアを出し合う。
図案の一つには扉の絵が描かれている。

 

○マンション・入口
   江本、勇治と杉山をマンションの中に案内する。

 

○同・エントランス
   広々としたエントランス。
   一角の壁に、白い布が掛けられている。
   江本、布の前に立つ。
   勇治、江本の前に立つ。
江本「勇治くん、絵を描くことが好きな君に、おじいさんである星野さんからのプレゼントだ」
   江本、布を取り外す。
   現れたのは、木製の扉。
   星野が大切にしていたキャンバスの扉が二重写しに見える。
特徴的な意匠まで寸分違わず再現された立派な扉。
扉の横には《ギャラリー星野》の看板。
江本「星野さん、君と出会ってから、口癖のように言っていたよ。『君が孫だったらどんなにいいか』って。いつか君にこの画廊を譲りたいって」
   勇治、涙が止まらない。
そばで見ている杉山ももらい泣き。
江本、笑って陽気に、
江本「湿っぽいのはなし、なし! さあ、オープンザドア!」
   勇治、涙を拭く。
   扉の取っ手を握る。
   手が緊張で震えている。
   勇治、真っ直ぐ見据えて、力強く、
勇治「ただいま、おじいさん」
扉の向こう側が光輝いている。
   勇治、ゆっくりと扉を開く。

 

(終わり)

 

 

◆執筆後記
 小説「おじいさんのドア」をテレビドラマ用シナリオとして書き直し、応募。見事撃沈。そういうこともあるさ(遠い目)。懲りずにいつかまた書こう。
 地震のシーンは阪神淡路をイメージしたが、東日本大震災で被災した家族を想って描写した。

シナリオ「博多夢幻街」

◆あらすじ
 サークル合宿で福岡に訪れた美雪と勇太は、中州の屋台で店主から佐久間を紹介される。
 佐久間と一緒に入った店で、勇太は『行列に並ぶな』という壁の表示を見つける。書いたのは佐久間だった。佐久間の話を聞く美雪と勇太。
 佐久間は偶然道に書いてあった『行列に並ぶな』と『行列はこちら』という表示を発見する。行列の場所を突き止めた佐久間は、行列に並び店に入った。
 やがて待合室に呼ばれた佐久間は、中で鈴木さんと会う。その後特別ルームに案内され飲み物を飲んだ佐久間は意識を失い手足を拘束された。ドクターDに安楽死注射をされた佐久間は呆然と店を出る。
 一緒に店を出た鈴木さんは「この喜びを誰かに伝えたい」と『行列はこちら』という表示を書き、佐久間は怒りから『行列に並ぶな』と書いた。美雪と勇太は佐久間が死者であることを知る。
 帰り道、二人は『行列はこちら』の表示を見つける。店についた二人は行列に並び入店してしまうのだった。

◆登場人物表
美雪(20) 東京から来た大学生。佐久間から不思議な体験を聞く
優太(20) 東京から来た大学生。佐久間から不思議な体験を聞く
佐久間(50) 美雪と勇太に行列店に関する不思議な体験を話す
鈴木(65) 行列店で佐久間が出会った男
ボーイ(30) 行列店で客を案内する係
看護師(50) 行列店でドクターDの補佐をする
ドクターD(60) 行列店で安楽死注射をする闇医者
店主(55) 屋台のラーメン店主
マスター(45) バー店員

 

◆本編
   夜の雑踏を歩く美雪と優太。
美雪「優太、もう帰るの? 中州のラーメン食べるっていう約束したじゃん、ねえ」
優太「美雪、もう夜の十一時だぜ。明日は東京に戻るんだから、宿に戻る方がいいって」
美雪「優太! せっかく福岡に来たのに、屋台に行かなんて友達に自慢できないよ!」
優太「(嫌そうに)えー!」
美雪「食べたらすぐに帰ろ! ね!」

 

   店主、ラーメンを出す。
店主「ラーメン二つ、どうぞ」
美雪「やった! いただきます! ……本当に美味しい。来て良かったね」
優太「俺、まだ食べてないよ」
美雪「早く食べなさいよ。ほらほら、ほら!」
優太「猫舌なんだよ!」
店主「仲良いね! 大学生かい?」
美雪「はい。東京の大学です。ジャズバンドサークルの合宿で福岡に来ました」
店主「ジャズバンド?! そういや、佐久間さんも、ジャズバンド経験者じゃないかな」
優太「佐久間さん?」
店主「ほら、噂をすれば」
   佐久間がやって来る。
佐久間「こんばんは。オヤジ、いつもの」
店主「今、佐久間さんの話を、東京から来た若い二人に話していたところだよ」
優太・美雪「こんばんは」
佐久間「私の話なんて止めてくれよ」
店主「この二人ジャズバンドしてるんだって」
佐久間「いいね! 君たち、時間ある?」
美雪「今?」
佐久間「博多にお勧めのジャズバーがあるんだ。夜中の十二時からオープンする」
美雪「優太、行ってみよう。明日には東京に戻るんだしさ、今しか行けないって」
優太「夜中にオープンってやばくないか?」
美雪「やばくない、やばくない」
佐久間「決まれば、早速行こう」

 

   お洒落なジャズが流れる店。
佐久間「生演奏のお店はいいもんだろう」
美雪「佐久間さんは演奏されるんですか?」
佐久間「いや、俺はもっぱら聞く専門だよ」
優太「ちょっと、佐久間さん」
佐久間「なんだ」
優太「僕、今、トイレに行ってきたんですけど、壁に変なのが書いてありましたよ」
佐久間「ああ、あれね(少し笑う)」
美雪「優太、何て書いてあったの?」
優太「『行列に並ぶな』って」
美雪「行列? 何の行列?」
佐久間「あれは私が書いたんだ」
美雪「佐久間さんが? どういう意味?」
佐久間「話せば少し長くなる。マスター! 二人に良い酒を出してくれ」
マスター「かしこまりました」
佐久間「一ヶ月前くらいのことだ。私は東京で働く商社マンで、出張でここに来たんだ。途中、休憩で喫茶店でコーヒーを飲んでいたんだ。窓際で道路側を見ていた時、歩道橋の下に、気になる表示に気づいたんだ」
美雪「表示?」
優太「何が書かれていたんです?」
佐久間「『行列に並ぶな』」
優太「僕がさっきトイレで見たのと同じだ」
佐久間「そう。気になった私は店を出て、表示を確認したんだ」
美雪「で、その表示はあったんですか?」
佐久間「あるにはあった。だが、そばには『行列に並ぶな』ではなく『行列はこちら』って矢印も書かれていたんだ」
美雪「矢印に従えば行列に並べるってこと?」
佐久間「その通り。私は矢印の方向に向かって歩いて行ったんだ」
優太「あったんですか? 行列」
佐久間「まあ待て。街角とは不思議なもので、普段は気付かないような道路の片隅に、沢山の表示を見つけたんだ。『行列に並ぶな』と、『行列はこちら』という二つの表示を」
美雪「『並ぶな』と『こちら』。混乱しますね」
優太「で、佐久間さんは『行列はこちら』っていう表示を探したんですよね?」
佐久間「その通り。私は街のあちこち表示を探して歩き回った」
マスター「お酒をどうぞ」
美雪「ありがとうございます」
佐久間「街をくまなく探し回った私は、その日の夜ついに行列の場所を見つけたんだ」
美雪「何だったんですか?」
佐久間「店の入口は喫茶店のようだったが、看板は無くて、店の表には数人が並んでいた。私はそこに並んでみることにした」
優太「ついに行列に並んだんですね」
佐久間「そうだ。並んで数分経った頃、店の中からボーイが出てきて、全員を中に招き入れた。当然私も中に入った」
美雪「店の中はどうなっていたんですか?」
佐久間「豪華なサロンみたいな感じだった」
優太「サロン? イメージが沸かないなあ」
佐久間「じゃあ、海外映画のお金持ちの家の大広間って言った方が分かりやすいかね」
美雪「暖炉とか蝋燭とかある感じですか?」
優太「バーカウンターもあったりして」
佐久間「そう。サロンのような場所には、約二十人くらいの男女がくつろいでいた」
美雪「二十人の男女……何だかいかがわしい感じ。優太、行ってみたかったでしょ」
優太「もちろん!」
佐久間「残念ながらご期待に添えるような場所ではなかったよ。大人たちがお酒を飲み交わす社交場という感じだったな」
美雪「それが行列の正体だったんですか?」
佐久間「いや、そうではない。一階の受付で、長々と書かれた利用申込書にろく読まずにサインをして、料金を払って入場した。受付のそばにサロン、二階がレストラン、三階にプールやトレーニングジム、四階が美容室とかエステ、最上階には露天風呂。呼べばボーイがすぐに飛んでくるような、おもてなしの充実した空間だった」
優太「で、お値段の方は……」
佐久間「二千円。税込みだ」
美雪「二万円の間違いでしょう」
佐久間「私は二千円しか払っていない」
優太「そんなに豪華な場所なら、僕たちも行きますよ。場所を教えてください」
佐久間「まあ待て。レストランでの食事後、ボーイに呼ばれたんだ。待合室に来いと」
美雪「ついに行列の正体が判明するんですね」
佐久間「待合室には、豪華なソファが置いてあり、年輩の男性、鈴木さんが座っていた」

 

   (回想)
重い扉が開閉する。
ボーイ「佐久間様、お呼びするまで、もうしばらくお待ちください」
佐久間「はい」
鈴木「あの……私はまだでしょうか?」
ボーイ「鈴木様、すぐにご用意いたします」
   ボーイが退出、重い扉が閉じる。
鈴木「いよいよですね」
佐久間「え? はい。まあ……」
佐久間M「私は内心焦った。行列が何たるかを知らずに並んでいる自分が、場違いのような気がしてきたんだ」
鈴木「ここの噂を聞いたときは信じられなくてね。ここに来ると決めてからの数日は落ち着かなかった。今日、やっとここに来たとき、安心感に包まれた。本当に良かった」
佐久間「あの、ここの行列って……」
   扉が開き、ボーイが入ってくる。
ボーイ「鈴木様、長らくお待たせいたしました。特別ルームにご案内いたします」
鈴木「じゃあ、あなたも楽しんで」
佐久間「え、ええ」
   鈴木、待合室を出ていき、扉が閉じる。
佐久間M「しばらく待ち、ついに私は行列の目的地に案内されたのだった」
   扉が開き、ボーイが入ってくる。
ボーイ「佐久間様、長らくお待たせいたしました。特別ルームに案内いたします」
佐久間「はい」
佐久間M「特別ルームはホテルの一室のようで、部屋の真ん中にベッドが一つだけあった。ボーイは私に飲み物の入ったグラスを渡し、部屋を出ていった。私は飲み物を飲み干し待つことにした」
   (回想終わり)

 

美雪「それからどうなったんですか?」
佐久間「私は意識を失った」
優太「それって、ボーイの持ってきた飲み物に睡眠薬が入ってたんですか?」
佐久間「恐らくな。気がついたら、ベッドの上に転がされた私の手足は縛られていた」
美雪「それってやっぱり、いかがわしい……」
佐久間「最初はそう思った。しかし、真相を知ったら、いかがわしいとは思わなかった」
優太「というと……」
佐久間「まあ、おぞましい、だな」
美雪・優太「おぞましい?」

 

   (回想)
看護師「佐久間さん、お目覚めですか」
佐久間「私の手足が動かないんですが……」
看護師「大丈夫ですよ。パニックになる人がいるので、手足を拘束しているんです」
佐久間「パニック……?」
看護師「受付で利用申込書にサインしましたよね? この通り同意を頂いております」
佐久間「申込? 何を……」
看護師「安楽死システムです」
佐久間「安楽死……? 誰が?」
看護師「あなた様ですよ。モグリの闇の医者、ドクターDが佐久間様を安楽死に導きます」
   佐久間、暴れる。
佐久間「違う! 私は安楽死したくない! 私は間違えて行列に並んだんだ!」
看護師「オホホ……(笑う)今更そんなことをおっしゃっても。このまま帰すわけにはいきません。口止めという考え方もございます。……さて、ドクターDが参りました。佐久間様へのご準備は整っております」
ドクターD「よろしい。では佐久間様は三日後に間違いなく安楽死する。楽しみたまえ」
佐久間「やめろ! 私は死にたくない!」
佐久間M「私はドクターDに注射され、そのまま意識を失った」

 

佐久間M「気付いた時私は待合室のソファに横になっており隣に鈴木さんが座っていた」
鈴木「気分はどうですか?」
佐久間「もう……最悪です」
鈴木「それは残念だ。私の気分は最高ですよ」
佐久間「えっ」
鈴木「私はギャンブル好きでね。闇金から金を借りて湯水のように使ってしまった。借金取りが一日中取り立てに来るようになって、一家心中しようと思ったんですが、ここの安楽死システムを聞きましてね。私は死んで家族に保険金を残そうと思いまして」
佐久間「家族に保険金……」
鈴木「家族に保険金を残したいのなら、闇の保険屋紹介しますよ。今日加入しても三日後に死んだときには必ず保険金が下ります」
佐久間「考えておきます……」
鈴木「さて、私は帰ります。ここで死ぬまで三日過ごしてもいいのですが、私はこれから三日間で色々と片づけることがあるので」
佐久間「私も……帰ります」
   重い扉が開き、ゆっくりと閉じる。

 

佐久間M「店から出た私は、鈴木さんと一緒に歩き始めた。外は朝になっていた。突然、鈴木さんが、懐からペンを取り出し、道ばたの壁に何かを書き始めた」
佐久間「鈴木さん、何をしてるんです?」
鈴木「私のような恵まれた人を増やすために、案内文を書いているんですよ」
佐久間M「鈴木さんの書いている案内文とは、『行列はこちら』。私がここに来るきっかけになった表示だ。行列の正体とはこれだったのだ。鈴木さんは、あちこちに表示を書いて、やがてどこかに行ってしまった。私もペンを手に、怒りの余り壁に書き殴った。『行列に並ぶな』と」
   回想終わり。

 

優太「佐久間さんが書いた表示が、例の……」
佐久間「『行列に並ぶな』」
美雪「でも佐久間さん、安楽死は三日後ですよね? でも今、佐久間さんは生きてますよ。夢でも見たんじゃないですか?」
佐久間「私も夢じゃないかって思ってね。しかし夢じゃないんだよ。今でも私の左腕には、注射の跡がはっきりと残っているんだ」
優太「本当だ。少し赤黒くなっている」
美雪「もっとよく見ていいですか?」
   美雪、佐久間の腕を取る。
美雪「きゃっ!」
優太「どうした、美雪」
美雪「佐久間さんの腕、氷のように冷たい」
優太「それって、ひょっとして……」
佐久間「まあ、ご想像通りだよ」
   マスターがやって来る。
マスター「すいません、ラストオーダーです」
佐久間「もう遅いから帰るよ」
美雪・優太「は、はい!」
   店を出る三人。
美雪「じゃあ、私たちは、これで」
優太「佐久間さんも、お気をつけて……って死んでるから気をつけることないのか」
美雪「(たしなめるように)優太!」
佐久間「(笑って)じゃ、さよなら」
美雪・優太「さようなら!」
   佐久間、去る。美雪、時計を見る。
美雪「今日東京に戻るのに、こんなに夜更かしして大丈夫かなぁ。あれ?!(驚く)」
優太「どうした!」
美雪「見てよ、今の時間、まだ十一時だよ。私たちが中州の屋台で食べていた時間」
優太「もしかして、時が止まっていたのかな」
美雪「とりあえず、帰ろうか」
優太「見ろ、ここに表示がある。『行列はこちら』って、矢印も書いてある」
美雪「ねえ、見なかったことにしようよ」
優太「行って見よう。佐久間さんの言っていた店が本当にあるのか、確かめみるんだ」
美雪「止めようよ、本当にやばいって」
優太「ここみたいだ。並んでみよう」
美雪「優太、お願いだから、止めようよ」
優太「大丈夫、様子見るだけだって」
美雪「優太!(怒って)」
   中からボーイが出て、二人に近づく。
ボーイ「お二人様ですね。どうぞ、こちらへ。夢の世界へご案内いたしましょう……」
   重い扉が開き、やがて閉まる。

 

終わり

 

◆執筆後記
 ラジオドラマ用シナリオとして応募、見事撃沈。そんな日もある(遠い目)。小説「並んではいけない行列」をシナリオ化。

子ども劇「ポンタとマジムンの森」

子ども劇「ポンタとマジムンの森」
 
◆あらすじ
少年ポンタは、家族とピクニック中、道に迷い、マジムンの森で、たぬきのポンタと出会う。少年ポンタはマジムンパワーを手に入れ、たぬきに変身し人間界に戻れない。たぬきポンタは少年ポンタに変身し、家族をだまして人間界に行ってしまう。マジムンたちは、自然を大切にしない人間たちへの仕返しを計画していた。少年ポンタは、人間たちへの仕返しは反対だとマジムンたちに訴えるが聞き入れてもらえない。たぬきポンタは人間生活になじめず、兄弟たちを怒らせてしまう。兄弟は本物のポンタではないことを気付く。少年ポンタは仕返しを止めるようマジムンたちにお願いするがはねのけられる。ポンタを探しに来た兄弟の目の前で少年ポンタは強い願いと言葉で人間に戻る。たぬきポンタは正体がばれてしまう。少年ポンタはマジムン女王に人間に仕返ししないで欲しいとお願いし、受け入れてもらう。少年ポンタが目覚めるとピクニックに来た最初と同じ森だった。
 
 
◆本編 「ポンタとマジムンの森」
 
 
第一場 ドラキュラ最初のあいさつ
マジムンの森。
   マントをひるがえし、ドラキュラ登場。
ドラキュラ「ここはマジムンの森。お化けや妖怪、魔物たち――そう、マジムンがたくさん住んでいる、怖い森だ。森では、マジムンたちが、今夜もパーティをしているようだ。おや? (周りを見回し)人間の“血”の匂いがするぞ。――どうやら、美味しそうな人間が、迷い込んで来たようだ!」
ドラキュラはマントを大きくひるがえし退場。
第二場 ポンタの出会い
   マジムンの森。
   少年ポンタ登場。
   周りを見回している。
少年ポンタ「キャンプなのにさ、みんなどっかに行っちまった。お母さんも、兄さんも、リンも、みんな、大嫌いだ! 探しになんか、行かないぞ! あーあ! つまんないの!」
   少年ポンタはふてくされて座り込む。
   たぬきポンタが登場し、座り込んだ少年ポンタを指さして見て驚く。
たぬきポンタ「あっ! 人間だ!」
   少年ポンタがたぬきポンタを指さす。
少年ポンタ「あ! たぬきだ!」
   少年ポンタは立ち上がる。
たぬきポンタ「お前は、どこから来たんだ?」
少年ポンタ「僕は、向こうの町から来たんだ。僕はポンタ。よろしくな!」
たぬきポンタ「お前、ポンタって言うのか? (胸を張って)おいらも、ポンタっていうんだ。森で一番の“ドロン”の名人とは、おいらのことさ」
少年ポンタ「ポンタ・・・不思議だ、同じ名前だね。そうだ、僕もポンタと一緒に“ドロン”して遊びたい。いい?」
たぬきポンタ「そうときたら、まかしときな!」
   たぬきポンタはうやうやしく礼をする。
たぬきポンタ「それじゃ案内するぜ。ようこそ、マジムンの森へ!」
   暗転
第三場 マジムン女王のパーティ
   マジムンの森。
   動物(ライオン、ワシ、トラ)、小悪魔、もったいないお化け、ドラキュラが曲に合わせて踊り、歌う。
   ドラキュラが登場し、手を挙げて合図をすると全員列になって並ぶ。
ドラキュラ「マジムン女王様のおなーりー!」
   マジムン女王・王が登場。
   全員一同敬礼し、女王夫妻を迎える。
   女王は手招きしてテリーナを呼びつける。
女王「ねえ、テリーナ! ちょっと来て! 私、暇なんだけど。アンタ、召し使いなんだから、私を楽しませなさい」
   テリーナがお辞儀をする。
テリーナ「でしたら、王様が、何か面白いことをしますよ」
女王「ちょっと! 王様! さっさと来なさい!」
   女王は王様を呼ぶ。
   王様はそわそわしながら近づき、女王にお辞儀をする。
女王「王様! さあ、一発ギャグをなさい。とびきり面白いやつをね」
王様「は、は、はい!」
   王様の一発ギャグ披露。
   女王がしかめ面で手をたたく。
女王「はい、面白くない! 王様はおしおき!」
王様「ちょっと、勘弁してくださいよ!」
王様が土下座をする。
   女王は考え込むように腕組みをして歩き回り、テリーナに聞く。
女王「ねえ、テリーナ、何か面白いことはないの?」
テリーナ「それでは、女王様が大好きな、パーティをご用意します」
   全員が女王に向かって礼をし、女王・王以外が退場。
   妖精リリアンが登場し、舞を踊る。
   女王・王は舞を見る。
   舞が終わり、妖精リリアンは女王の前に立ち、美しく礼をする。
リリアン「わたくしは妖精リリアン。わたくしたち妖精は、美しいダンスを踊り、森に入った人間を、迷わせることができます」
   女王・王は拍手をし、大きくうなずく。
女王「妖精の舞は、やっぱり素晴らしいわ。ねえ、王様」
王「そうそう、その通り」
女王「いつまでも見ていたいわね」
王「そうそう、その通り」
   女王・王は再び拍手をする。
   礼をして妖精リリアン退場。
   白鳥妖精ティファニーが登場し、舞を踊る。
   舞が終わり、白鳥妖精ティファニーは、女王に背中を向けるように舞台に向かって立つ。
ティファニー「わたくしは、白鳥の妖精、ティファニーと申します。私のダンスは、見る者をハッピーにします」
女王「あなた、ちょっと、邪魔よ。立ち移置を考えなさい」
ティファニー「あら失礼、女王様」
   ティファニーは軽くスキップするように後ずさり、女王に向かって可憐に礼をする。
女王「ちょっと、アンタ、私よりも可愛いと思っているの?」
   ティファニーは軽く笑って、胸に手を当ててお辞儀をする。
ティファニー「ウフフ・・・・・はい、女王様」
女王「アンタに用は無いよ、さっさと出ておいき!」
   女王は舞台そでに向かって指さす。
王「二度と来るんじゃないよ!」
   王は舞台そでに向かって指さす。
   ティファニーは軽く会釈し、軽やかにスキップするようにして退場。
第四場 ポンタ入れ替わり
   テリーナが両手に、たぬきポンタ、少年ポンタを連れて登場。
テリーナ「たぬきのポンタが、人間の子どもを連れてきました」
   女王が怒り出す。
女王「嘘つきたぬきのポンタ? 追い出して!」
   王が間に入って取り持つ。
王「ちょっと待って。面白いじゃない。この子、マジムンパワーはあるの?」
   少年ポンタがきょとんとする。
少年ポンタ「マジムンパワー、なにそれ?! おいしいの?」
テリーナ「そうそう、マジムンパワーをさっと炒めてチャンプルーにして、ご飯と味噌汁をつけて・・・って、って食べ物じゃないし!」
   テリーナのノリツッコミで全員でこける。
   たぬきポンタが間を取りなすように入る。
たぬきポンタ「まあまあ、いいかい、よく聞きな。マジムンパワーってのは、マジムンたちが持っている、特別なパワーのことさ!」
   テリーナが間に入る。
テリーナ「それでは、私のマジムンパワーをお見せしましょう」
   テリーナがマジックを披露する。
   少年ポンタが驚き、喜び、拍手をする。
少年ポンタ「すっげえや! 僕もマジムンパワー欲しい!」
たぬきポンタ「じゃあ、教えてやるぞ!」
   たぬきポンタは少年ポンタに耳打ちする。
少年ポンタ「ありがとう、ポンタ、僕、やってみる!」
   少年ポンタとたぬきポンタがともに退場。
   妖精(リリアン、ティファニー)、動物(ライオン、ワシ、トラ)、小悪魔、もったいないお化け、ドラキュラが登場し、音楽に乗って踊る。
   少年ポンタ登場、手にたぬきの皮を持っている。
   中央の少年ポンタはたぬきの皮を身体にくっつける。
   たぬきポンタ退場。
   円がばらけ、少年ポンタはたぬきの皮をまとっている。
少年ポンタ「僕はたぬきだ!」
   全員伏せる。
少年ポンタ「僕は、マジムンたぬきだ! 人間じゃない!」
   少年ポンタは自分の体をまじまじと見て、喜ぶ。
少年ポンタ「みんなをびっくりさせてやろう!」
   少年ポンタ退場。
   たぬきポンタ登場。大きくのびをする。
たぬきポンタ「さあって、おいらはポンタの代わりに、人間界を楽しんでくるとするか」
   たぬきポンタ退場。
   マントをひるがえし、ドラキュラ登場。
ドラキュラ「おーやおや、マジムンパワーを手に入れたい、人間の子どもポンタは、たぬきに化けてしまった。一方、人間の子どもに化けた、たぬきポンタは、何かいたずらを考えているようだ。おや? 子どもポンタを探す人間どもの声が聞こえてくるぞ」
   ドラキュラはマントを大きくひるがえし退場。
   少年ポンタ家族が登場。
   マジムンたちは左右を見回し左右に移動し、隠れるように見守る。
母「ポンタ! どこにいるの? お母さんは怒らないから出てきなさい!」
兄「ポンタ! どこ? いるんでしょ!」
弟「お兄ちゃん!」
警官「我々警察は、全力でポンタくんを探しております。あなたがポンタくんのお母さんですか?」
母「はい。私が母です。よろしくお願いします。ピクニックに家族で来ていたのですが、私がちょっとポンタに怒ってしまい、気づいたらポンタがいなくなってしまって・・・」
兄「ポンタを見つけて下さい」
弟「お願いします!」
   全員で頭を下げる。
   警官退場。
   ポンタ母が天に向かって叫ぶ。
母「お願いだから、ポンタ、帰ってきて! 怒ってしまって、ごめんなさい」
   見かねた少年ポンタがポンタ母の前に飛び出す。
少年ポンタ「謝らなくていいよ、僕が悪いんだ。ごめんなさい、お母さん!」
   母が少年ポンタを見て、驚く。
母「あら、たぬき」
   兄弟が駆け寄る。
   少年ポンタの腕をつかむ。
兄「お母さん、これ、ペットにしてもいい?」
母「止めときなさい。汚いから」
弟「(手を叩いて)たぬき!たぬき!」
少年ポンタ「違うよ、僕はポンタだ。お母さん!」
   たぬきポンタが人間に変装して登場。
たぬきポンタ「おーい!」
   弟がたぬきポンタを見つけ、指を指す。
弟「ポンタ!」
   たぬきポンタが皆に向かって手を振る。
たぬきポンタ「ハーイ! 僕はここにいるよ!」
   母が駆け寄る。手を取り合う二人。
母「ポンタ、どこに行っていたの!」
たぬきポンタ「迷子になったんだ。ごめんね」
   兄弟もたぬきポンタを取り囲む。
兄「本当に良かった、心配したよ」
弟「おかえり、ポンタ!」
   全員はたぬきポンタと手をつなぎ、楽しそうに退場。
   その後ろ姿を見ながら、少年ポンタは膝を崩す。
少年ポンタ「お母さんの子どもは、たぬきじゃない! 僕だ、人間のポンタだ!」
   暗転。
   マントをひるがえし、ドラキュラ登場。
ドラキュラ「どうやら、たぬきは、人間たちをだまして、人間の世界にまんまと行ってしまったようだ。一方の人間ポンタは、とうとう、人間の世界に帰れなくなってしまった。おや? マジムンたちの戦いが始まるようだ。一番強い者を決めるために、マジムンの森では、毎日誰かが戦っている。そして今日も戦いがあるようだ」
   ドラキュラはマントを大きくひるがえし退場。
第五場 人間たちに仕返しだ!
   動物(ライオン、ワシ、トラ)、小悪魔登場。
ライオン「そろそろ、誰が強いか決めようぜ。一番強いのはおいら、ライオンさ」
ワシ「カンムリワシの俺様が一番だ」
トラ「ベンガルトラの僕だぜ」
小悪魔「僕たち悪魔が強いんだ。やーい、弱虫動物め! こっちへおーいで!」
ライオン「今日こそは、負けないからな!」
   ライオン、ワシ、トラ、小悪魔はチャンバラする。
   少年ポンタが登場。チャンバラから逃げるようにして、慌てて隠れる。
   少年ポンタに気付いたライオンが、手を振り、戦いを止めるように合図、合戦が止む。
小悪魔「おーい、たぬき。お前もオレたちの仲間だ!」
ライオン「待て、たぬきは動物の、仲間だ!」
少年ポンタ「(首を振り)嫌だ! 僕は戦いなんて、嫌だ!」
ワシ「何だと!(怒ったように)戦わないなら、出て行け!」
トラ「マジムンの森は、毎日が戦いだ!」
   チャンバラ開始。少年ポンタは後ずさり、退場。
   雷鳴が轟き、神様登場。
   マジムン王、女王、テリーナ、テリーナ、もったいないお化けが控えている。
神様「私は神だ。マジムンの王に話がある」
   テリーナが神の元に歩み寄る。
テリーナ「神様、ご用件は何でございましょうか」
   神様は怒りを爆発させるようにして叫ぶ。
神様「もう、人間どもには我慢がならぬ。彼らは大事な火をゴミを燃やすのに使いよるし、山の木をバッサバッサと切りよる。汚いものをたくさん川や海に流しよるし、挙げ句の果てに、雨を降らせば迷惑と言い、降らさないと文句を言う。ワガママな人間ども、もう、限界だ!」
   もったいないお化けがテリーナに歩み寄り、合図をする。
   テリーナが挙手して話に入る。
テリーナ「あの、もったいないお化けも、言いたいことがあるそうです」
   もったいないお化けが進み出て話し出す。
もったいないお化け「私は人間に捨てられた哀れなゴミでした。まだまだ使えるのに、捨てられたんです。物を大切に使うように、人間たちに言いたいんです」
   神様が大きくうなずく。
神様「時が来たようだ。人間たちに思い知らせてやろう。よいか、マジムン女王」
   女王がお辞儀をする。
女王「はい、仰せの通りに。人間をやっつけてやりましょう」
王「人間を、やっつけよう!」
   雷鳴が轟く。
   全員退場。
   マントをひるがえし、ドラキュラ登場。
ドラキュラ「おーやおや、マジムンの森がさわがしくなってきたぞ。人間たちの勝手な振る舞いに怒ったマジムンたちが、人間たちに仕返しを始めるようだ」
   ドラキュラはマントを大きくひるがえし退場。
   妖精ティファニー、リリアンが踊りながら登場。
   妖精の後を追って少年ポンタ登場。
   そばでこっそり見ている。
   妖精たちが集まる。
ティファニー「ねえねえ、マジムンたちが人間たちに仕返しするって話、どうなった?」
リリアン「確か……マジムンたちが、空と海、そして森から、人間をやっつけると聞いたわ。確か、仕返しの日は、太陽と月が重なる夜よ」
ティファニー「面白いことになってきた!」
   少年ポンタが走り出て、妖精たちにひれ伏す。
少年ポンタ「お願いだ! 人間たちに仕返しをするのは止めてよ!」
   妖精たちはびっくりする。
リリアン「誰か来て! たぬきがいるわ!」
   テリーナが登場し、少年ポンタを両脇から捕らえる。
   少年ポンタは暴れる。
少年ポンタ「僕は人間だ!マジムンパワーなんていらない! お家に帰りたい!」
テリーナ「お前はたぬきのポンタと入れ替わった、人間だな。お家に帰りたいんだな?」
少年ポンタ「帰りたい!」
テリーナ「だめだ、絶対に、帰さない! お前はずっと、たぬきのままだ」
少年ポンタ「ええ?」
ティファニー「あなたが家に帰ってしまうと、マジムンたちのことが人間にばれてしまうの」
リリアン「わたしたちは、人間たちに気付かれないように生きてきたのよ」
ティファニー「このたぬき、どういたしますの?」
テリーナ「ガジュマルの木に、つなぎましょう」
   全員がじりじりと少年ポンタに詰め寄る。
   少年ポンタは、周りを見回して、唐突に空を指して叫ぶ。
少年ポンタ「あっ、ニライカナイの神様だ!」
   全員で空を見上げる。
ティファニー「えっ、どこどこ? どこにいらっしゃるの?」
   全員で空を探すようにきょろきょろと見上げる。
   テリーナは考え込む。
テリーナ「ニライカナイという神様は、確か、ジュゴンに乗って、東の海からやってくると聞いたので、空からではなく海じゃないかと・・・」
   テリーナの話を遮るようにティファニー、リリアンが叫ぶ。
全員「どこにいるの?」
少年ポンタ「ほら、向こうの空!」
   少年ポンタが指さす方向に全員が見つめた瞬間、少年ポンタはテリーナの腕をふりほどき、走って逃げ出し退場。
   少年ポンタが逃げ出したのに気づき、マジムンたちは騒然となる。
全員「追いかけろ!」
   マジムンたちは少年ポンタの後を追って慌てて退場。
   マントをひるがえし、ドラキュラ登場。
ドラキュラ「子どもポンタがマジムンの森から逃げ出そうとしていた、ちょうどその時、たぬきポンタはどうしていたのだろうか。」
   ドラキュラはマントを大きくひるがえし退場。
第六場 人間なんて大嫌い!
   となり町。
   少年ポンタに変装したたぬきポンタは兄弟と一緒に歩きながら登場。
兄「夏休みの宿題、お前はどうした? おれ、全然やってないよ」
弟「何もしてないよ。勉強、嫌だよ」
兄「お母さんは、勉強、勉強、ばっかり言うし」
弟「ほんと、うるさいよね。ずっと遊んでいたいよ」
   たぬきポンタは不思議そうに言う。
たぬきポンタ「嫌なら、しなきゃいいじゃん」
   兄弟は驚く。
兄弟「えー!?」
   たぬきポンタは不思議そうにする。
たぬきポンタ「なんで嫌なのに、勉強するの? しなきゃいいじゃん、ねえ、ねえ」
兄「勉強しないと、お母さんに怒られるよ」
たぬきポンタ「いいじゃん、しなくたって。それより遊ぼうよ!」
兄弟「だーめー!」
たぬきポンタ「なんだよ、お前ら、つまんねえな」
   たぬきポンタは離れて立つ。
兄「ちょっとポンタ、なんてことを言うんだ。悪い言葉使ったらダメだぞ」
たぬきポンタ「うるさいよ、バーカ! 人間なんてつまんねえ!」
   たぬきポンタは怒って退場する。
   兄弟は顔を見合わせる。
弟「変だよね、ポンタ」
兄弟「ポンタ、どうしたの~?」
  兄弟はたぬきポンタを追いかけて退場。
  たぬきポンタが怒りながら登場。
  兄弟が追いかけて登場。
兄「ポンタ、待ってよ!」
たぬきポンタ「いーだ! みんなバーカ! 知ーらない!」
   たぬきポンタは兄弟をにらみつけて離れて立つ。
たぬきポンタ「父さんも、母さんも、兄ちゃんも、リンも、みーんな、大嫌い!」
   たぬきポンタは怒ったように仁王立ちする。
たぬきポンタ「あーあ、こんなことなら、人間になるんじゃ無かった!」
   たぬきポンタはあぐらをかいて座り込む。
   兄弟は集まる。
兄「ねえ、今『人間になるんじゃなかった』って言ってたよね?」
弟「うん。聞いた」
兄「いつものポンタと、どこか違うよね。それって、もしかして・・・」
   兄弟は顔を見合わせる。
兄弟「ポンタ、じゃ、ない?」
   兄弟はたぬきポンタを見る。
   たぬきポンタは大きく伸びをする。
たぬきポンタ「あ~あ、たぬきに戻りたい!」
   たぬきポンタはごろりと横になる。
   兄弟は驚く。
兄弟「たぬき!」
   暗転。
第七場 立ち上がれポンタ
   マジムンの森。
   少年ポンタが転がるように走って登場。
   肩を上下させて息をぜいぜいする。
少年ポンタ「どうしよう。道が全然分からない」
   ライオン、ワシ、トラ登場。
ライオン「どうした、ポンタ。元気がないぞ」
   少年ポンタは動物たちの前で土下座する。
少年ポンタ「僕は人間たちを助けたい。だけど、僕の身体はたぬきだ。僕の話を誰も聞いてくれない!」
   動物たちは顔を見合わせる。
ワシ「僕たち動物は、マジムンたちの仕返しには反対だ」
トラ「人間も動物だ。俺たちの仲間だ」
ライオン「ポンタ、逃げずに立ち向かえ」
少年ポンタ「だけど・・・マジムンたちが怖いよ」
   少年ポンタは背を向ける。
ワシ「お前の姿はたぬきだが、心は人間だ。お前なら家族や兄弟を助けられる」
   少年ポンタはハッとして振り向く。
少年ポンタ「母さん! みんなが危ない!」
   トラが説き伏せるように言う。
トラ「逃げちゃダメだ! さあ、言え!」
少年ポンタ「逃げちゃダメだ!」
動物全員「立ち向かえ!」
少年ポンタ「立ち向かえ!」
動物全員「僕は人間だ!」
少年ポンタ「僕は人間だ!(思い出したように)僕は人間だ、そうだ、僕は人間だ!」
   ライオンが舞台そでを指して言う。
ライオン「マジムンたちに言ってこい、自分は人間だと」
   少年ポンタがこぶしを天に突き上げ、叫ぶ。
少年ポンタ「僕は人間のポンタだ! 人間たちを守るのは僕だ!」
   暗転。
   マジムンたちが列になって登場。こぶしを振り上げてスローガンのように叫ぶ。
全員「人間たちをやっつけろ!」
   マジムン女王、王が先頭になり、妖精、小悪魔、もったいないお化け、ドラキュラが大集合する。
   少年ポンタが走り出て登場。
   マジムン女王の前に片膝をつく。
少年ポンタ「マジムンの女王様、お願いです。今夜の仕返しを、延期してください!」
マジムン女王「女王の前に出るなんて、無礼よ。熱でもあるんじゃないの、たぬき。テリーナ、つまみ出しなさい」
   テリーナが少年ポンタに近寄る。
   少年ポンタは後ずさる。
少年ポンタ「違うんだ、僕はたぬきじゃない、人間だ!」
   マジムンたちはどっと笑う。
マジムン女王「ほーらほら、いつもの、たぬきポンタの嘘が始まった」
王「嘘つきたぬき、やーい」
   マジムンたちはどっと笑う。
   マジムン女王が手を挙げると笑いが止まる。
女王「みんな、いくよ!」
   全員、コブシを天に突き上げる。
全員「オー!」
女王「準備はいい?」
   全員、コブシを天に突き上げる。
全員「人間たちを、やっつけろ!」
   マジムンたちは床を踏みならす。
   床を踏みならしながらマジムンたちは整列する。
   少年ポンタは後ずさりして退場。
   マジムンは全員列をなして行進し、舞台を回り退場。
   マントをひるがえし、ドラキュラ登場。
ドラキュラ「いよいよ、マジムンたちが、人間たちに仕返しをする日がやってきたようだ。おや? 子どもポンタの兄弟たちが、たぬきポンタのあとをつけて、マジムンの森に迷い込んできたようだぞ」
   ドラキュラはマントを大きくひるがえし退場。
   ポンタ兄弟登場。
   手に武器(棒)を持っている。
兄「今、ポンタの声がしたよね」
弟「お兄ちゃんの声だった」
   少年ポンタが登場。
少年ポンタ「お兄ちゃん、リン!」
   少年ポンタが兄弟に駆け寄る。
少年ポンタ「来てくれたんだ! ありがとう!」
兄「たぬきがしゃべった! ・・・ううん、ポンタの声だ!」
兄弟「ポンタだ!」
   兄弟は少年ポンタの肩を揺さぶる。
兄「たぬきに見えるけど、ポンタだ」
兄弟「ポンタだ!」
   兄弟は喜ぶ。
   少年ポンタは兄弟から離れて立ち、天に向かって叫ぶ。
少年ポンタ「マジムンパワーなんかいらない! 僕は人間のポンタだ!」
   少年ポンタは、大声で叫ぶと、自分の身体の皮を剥がす。たぬきの皮が取れていく。
   たぬきポンタが登場。
たぬきポンタ「ハーイ。ばれちゃったね」
   兄弟、たぬきポンタを指さす。
兄「本当に、たぬき、だったんだ!」
   たぬきポンタはくるりと回る。
たぬきポンタ「そうさ。おいらはマジムンの、たぬきのポンタさ!」
   たぬきポンタの後ろにいた小悪魔が前に出る。
小悪魔「人間と分かれば帰すわけにはいかないな。やっちまえ!」
   少年ポンタ・兄弟・マジムンたちのチャンバラ合戦。
   どちらも互角に戦い、決着がつかない。
   やがて双方にらみ合いだけになる。
第八場 戦い終わって
   雷鳴が轟く。
   マジムン女王、王、神、もったいないお化け、テリーナ登場。
女王「あんたたち、止めな!」
   マジムンたちは動きを止める。
王「つまらないけんかは、するんじゃないよ」
テリーナ「ポンタ、こっちに来て!」
   テリーナがたぬきポンタ、少年ポンタの腕を引っ張り、マジムン女王・王の前に立たせる。
女王「どっちがポンタなの?」
   少年ポンタが手を挙げる。
少年ポンタ「僕は、人間のポンタです!」
   たぬきポンタが頭をかきながら答える。
たぬきポンタ「おいらは、たぬきのポンタだ」
女王「つまらないけんかはやめて、言いたいことがあるなら、さっさと言いなさい」
たぬきポンタ「おいらは人間が嫌いだ。人間は、勉強だ、兄弟と仲良くしなさいって、うるさいんだ」
少年ポンタ「でも人間には大事なことなんだ」
兄弟「大事なことだ!」
   少年ポンタがマジムン女王の前に歩み出る。
少年ポンタ「マジムンの女王様。人間はひどい動物かもしれません。でも、人間はやり直すことができるんです」
兄弟「やり直すことができる!」
少年ポンタ「これからは森を大切にします」
兄弟「大切にするよ!」
   神様、もったいないお化けがうなずく。
少年ポンタ「だから、仕返しはやめて欲しいんだ」
   兄弟全員は武器を投げ捨てる。
   女王は少年ポンタ・兄弟をじろじろ見る。
女王「ふーん、本当かしら」
少年ポンタ・兄弟「本当だよ!」
女王「・・・じゃあ、約束を破ったときは、仕返しするわよ」
   王が気合いを入れて叫ぶ。   
王「そのときは・・・倍返しだ!」
   一同一瞬静かになる。
   少年ポンタ、兄弟は手をつなぐ。
少年ポンタ・兄弟「さようなら!」
   少年ポンタ・兄弟全員、退場。
   テリーナが手を叩く。
テリーナ「それでは、パーティの続きを始めましょう!」
   全員踊りながら退場。
第九場 夢から覚めて
   森のはずれ。
   少年ポンタが舞台中央で横になっている。
   少年ポンタは背伸びをする。
少年ポンタ「あーあ、よく寝た」
   母、兄弟、警官登場。
   少年ポンタが母・兄弟に気づいて飛び起きる。
少年ポンタ「お、母さん。みんな・・・」
母「ポンタ、探したのよ。もうお昼ご飯よ」
弟「お兄ちゃん、お腹空いたよ」
兄「ポンタ、早くご飯食べようぜ」
警官「(無線で)たった今、ポンタくんを発見しました。本部応答願います、どうぞ」
   警官は無線に応答し、話しかけながら退場。
   少年ポンタは左右を不思議そうに見回す。
少年ポンタ「あれ、マジムンたちは? たぬきのポンタは?」
母「ポンタ、何寝ぼけたこと言ってんの。熱でもあるんじゃないの?」
   少年ポンタは自分の身体を見て、驚く。
少年ポンタ「僕の身体、人間になってる! 僕はたぬきじゃない、人間だ!」
   母があきれた様子でポンタに言う。
母「はいはい、人間たぬき。ご飯食べるよ!」
   少年ポンタは思い出したように大きくうなずく。
少年ポンタ「そうだ、僕はマジムンたちと約束したんだ。森を大切にするって」
   母は風呂敷から弁当包みを出し、並べ始め、独り言のように言う。
母「はいはい、森は大事。ご飯も大事。さあ食べましょう。ポンタ、残念ながら、お昼ご飯はおにぎりだからね。サンドイッチじゃないなら食べない! って怒って逃げたりして。無いものは無いんだよ」
少年ポンタ「僕、そんなこと言ったっけ? それより、お母さん、ゴミ拾いしていい? お兄ちゃんもリンも一緒にゴミ拾いしよう!」
   兄弟は面白がって敬礼する。
兄弟「了解!」
少年ポンタ「さあ、ゴミ拾いに出発!」
   少年ポンタ・兄弟は行進しながら元気よく退場。
母「ちょっと、あんたたち、ゴミ拾いの前に、お昼ご飯が先!」
   母は兄弟たちを追いかけるように退場。
第十場 ドラキュラ最後のあいさつ
   マジムンの森。
   ドラキュラがマントをひるがえして登場。
ドラキュラ「さて、マジムンたちの仕返しが、一体どうなったのかって? そうだなあ・・・ひとまず、今回だけは、何もなかった、と言っておこう。だが、今後、人間たちが自然を大切にしないと、どうなるか・・・おっと、これ以上は秘密だ。さて、次の獲物を探すとするか。では、失礼」
   ドラキュラはうやうやしく敬礼し、退場。
 
 
 
◆執筆後記
子ども劇用戯曲として制作。一度だけ某場所で45分の舞台劇として上演された。オーソドックスな入れ替わり譚。

シナリオ「ケサランパサランの事件簿」

◆ あらすじ
 
 大学生・小谷順也は、両親に先立たれ、祖母との二人暮らしをしている。半年前から、下半身の無い女に追いかけられる悪夢を度々見ることから、大学の都市伝説サークル『ケサランパサラン』に相談する。都市伝説の好きな喫茶店オーナーの支援により、数々の都市伝説を調査、雑誌記事にも掲載されるなどの積極的活動を行っているサークルのメンバー、山際・香川・大木と共に、小谷は調査を開始する。下半身の無い女は、15年前の女性轢死事故に起因すると判明。小谷は同級生の柳原倫香と出会い、ほのかな想いを寄せる。
 山際・香川は現地の新聞記者の岩見と合流、大木・小谷は図書館で事故情報を調査、女性轢死事故と同時期に起こった男女の焼死体発見が、距離的に近いことに気付く。
調査の一行は轢死女性の墓に行く。女性の墓の隣に、小谷の両親の墓があることを知る。新聞記者・岩見の情報から、小谷も当時、事故に遭遇していたという疑問が持ち上がる。動揺する小谷だったが、事故関連の写真を見ているうちに、事故当時の状況をフラッシュバックで思い出す。
 小谷の両親は、幼い小谷、祖父と4人の旅行先での運転中、散歩中の女性を跳ね飛ばした。女性は電車のワイヤーに引っかかり身体の上下が切断されてしまう。小谷父は目撃者がいないことから逃走するが、血まみれの女性が追ってくる幻想が見えたことで、動揺し、林道の中で車を横転させてしまう。小谷祖父は、小谷父を助け出そうとするが、諦め、幼い小谷を連れてその場を後にする。車は炎上し、小谷両親は焼死する。
 女性轢死事故の現場では、轢死女性の夫、柳原が、娘の倫香とともに現れる。小谷が想いを寄せる同級生である倫香は、女性轢死事故の目撃者であった。柳原は倫香の目撃情報を元に、妻をはねた車を捜索、小谷両親の事故にたどり着いた。
 事故の全容が判明し、小谷の悪夢は終わる。事件を報じた週刊誌を手にした倫香の姿は雑踏の中に消えていくのだった。

 

◆登場人物
小谷順也(19)   学生。悪夢を見ることからサークルに調査依頼。
大木(19)   学生。都市伝説サークル『ケサランパサラン』メンバー。
香川(19)   学生。都市伝説サークル『ケサランパサラン』メンバー。
山際(22)   学生。都市伝説サークル『ケサランパサラン』メンバー。
岩見(40)   東北新報記者
マスター(55)   喫茶店『ケサランパサラン』の店主。調査活動の支援者。
小谷父(31)   小谷明。小谷の父。
小谷母(30)   小谷百合恵。小谷の母。
小谷祖父   小谷の祖父。
幼い小谷(5)   事件当時の小谷。
柳原(55)   柳原倫香父 轢死女性の夫。
柳原倫香(19)   学生。小谷が想いを寄せる。轢死女性の娘。
小谷祖母(70)   小谷の祖母。
松丘(19)   小谷のクラスメイト。
小松響子(30)   轢死女性。
幼い倫香(5)   事件当時の柳原倫香、轢死女性の子。
マスターの奥さん
学生
住職
リポーター
警官

◆本編 「ケサランパサランの事件簿」
 
○線路脇・コスモス畑
   線路そばのコスモス畑の道を歩く母子。
 母・小松響子(30)は赤い日傘をさ している。
   子・柳原倫香(5)立ち止まる。
倫香「お母さん、お花取っていい?」
響子「いいわよ」
   コスモス摘みに夢中の倫香。
   踏切の警告音。
   電車の接近音。
   驚く響子の顔。
   衝撃音。
   青空に舞う赤い傘。
   血が飛び散り赤くにじむコスモス。

 

○小谷順也の家・部屋(深夜)
   小谷、ベッドでうなされている。
   *   *   *
   薄暗い森。
   小谷順也(19)、転びながらも走り続ける。
   ガサガサと何かが近寄る音。
   小谷、立ち止まり足下を見下ろす。
   足元に血まみれの下半身の無い女。
   小谷、恐怖で固まる。
女「……テケ、テケ。……テケ、テケ」
   小谷、足を振り上げ女を蹴飛ばす。
   転がり草むらの中に消える女。
   小谷、再び走り出す。
   耳に女の声が何度も鳴り響く。
   *   *   *
   ベッドで目を覚ます小谷。

 

○同・台所(深夜)
   小谷、シンクで顔を洗う。
   小谷祖母(70)がやって来る。
小谷「ばあちゃん、夜だよ、眠ってよ」
小谷祖母「じいちゃんが帰ってきたと思ってね。おや、音がする(振り向く)」
   小谷祖母、居間に行く。
   小谷、ため息をつく。

 

○同・居間(深夜)
   小谷、居間の襖をのぞき込む。
   小谷祖母が仏壇で拝んでいる。
   小谷、襖を一気に開ける。
   小谷祖母、振り向く。驚いた表情。
小谷「ばあちゃん、早く眠って。まだ夜だよ」
   仏壇には小谷の両親(小谷明・百合恵)、小谷祖父の写真。
   壁掛け時計は2時30分。
   小谷、祖母が寝室に入るのを確認し、各所の電気を消す。

 

○ふじのやま大学・教室
   学生の賑やかな話し声が響く。
   小谷、教室を見回し、友人の松丘(19)を見つけ、近くの席に座る。
松丘「小谷。お前、顔色悪いぞ」
   小谷の顔は土気色である。
小谷「最近全然寝てないんだ」
松丘「夜遊びか?」
小谷「違うよ、悪い夢ばかり見るんだ」
松丘「確か前もそんな話してたよな? あれから、ずっとか?」
小谷「まあ」
松丘「お前の悪夢って、確か……何かに追われてるっていうやつだっけ」
小谷「何かじゃなくて、下半身の無い女だよ。お化け」
松丘「お前が振った女じゃないのか?」
小谷「おい、冗談じゃないよ。眠れなくて困ってんの。お化けとか、ほんとマジ勘弁」
松丘「お化けか……(思い出したように)あ! 確か、お化け専門のサークル、うちの大学にあったんじゃないか?」
小谷「お化け専門サークル?」
松丘「ちょっと待ってろよ」
   松丘、近くの学生に次々と声をかける。
   声をかけられた学生は松丘の話にうなずき、紙に走り書きし、松丘に渡す。
   小谷、所在なく教室の周りを見回す。
   柳原倫香(19)が女友達と談笑している(輝いて見える)。
   小谷、倫香をぼんやりと眺める。
   松丘、小谷の肩を乱暴に叩く。
   小谷、我に返り、松岡の顔を見る。
   松丘、紙を小谷に渡す。
松丘「お化けサークル。夢に出てくるっていうお化けの話、相談してきたら?」
   小谷、紙を広げる。
   紙には「都市伝説サークル『ケサランパサラン』」の文字と、簡単な地図。

 

○喫茶店ケサランパサラン・店前・外観
   古ぼけた薄汚い店。

 

○同・店内
   観葉植物の植木が数点置かれている。
   壁にはUFO、宇宙人等の写真、新聞記事等が貼られ、超常現象や都市伝説関連の書籍が棚に収まっている。
   棚の一角には、『ケサランパサラン活動記録』のファイルがある。
   奥の席では、マスターの奥さんが伝票を手に、電卓を叩いている。
   小谷、不安げに周囲を見回す。
小谷「あの、すいません!」
   カウンターの奥から店主マスター(55)が出てくる。
マスター「お一人ですか?」
小谷「はい」
マスター「お好きな席にお座り下さい」
   マスター、カウンター奥に消える。
   小谷、ぼんやりと壁の新聞を眺める。
   チャイムが鳴り、学生・大木(19)、香川(19)、山際(22)が入店。
大木「マスター! いつものお願いします!」
   3人、ソファ席を陣取る。
   大木、リュックサックからノートパソコンを取り出し叩き始める。
   香川、鞄からノートとペンを取り出し、考え込みながらメモを取り始める。
   山際、上着の内ポケットから煙草を取り出し吸いかけるが、香川から煙草を取り上げられ、脇に挟んでいたスポーツ紙を取り出し眺める。
   マスター、クリームソーダ、アイスコーヒー、ホットコーヒーを盆に乗せて席に持ってくる。
   マスター、大木にクリームソーダを、香川にアイスコーヒーを、山際にホットコーヒーを配膳する。
マスター「面白そうな話はないの? 山際君」
   マスター、山際の隣に腰を掛ける。
山際「ないない、何にもない夏休み! 今週のレースも大外れ!」
   山際、スポーツ紙を放り投げる。
大木「香川さん、『絶対当たる占い師』はどうですか?」
香川「大木、それは先月終わった話だろ」
大木「『事故物件』は?」
香川「いいぜ、調べても。ただし、本物のお化けが出るなら」
   マスター、楽しそうに見ている。
   大木、嬉しそうにパソコンで調べ始める。
   小谷、恐縮した様子で声を掛ける。
小谷「あの……」
   3人、大げさに驚く。
大木「出た! お化け!」
小谷「お化けじゃないです」
山際「……何者だ」
小谷「お客ですよ」
   3人、マスターの顔を見る。
   マスター、思い出したように慌てて立ち上がる。
マスター「ご注文ですね。ホットコーヒーでよろしいですか?」
小谷「はい。……あの、お化けの話、ちょっといいですか」
   マスター、席を立つ。
   3人の目が輝く。
大木「お化け? どこに出るんですか?」
香川「いいね! お化け! さあ、来い!」
小谷「あの……夢の中で」
   白けた空気。
   4人、呆れた表情になる。
   山際、背伸びして立ち上がる。  
山際「さて、都市伝説ネタ、探しに行くっかな。香川、お前はどうする?」
   香川、ノートとペンを鞄にしまう。
香川「僕は学校に戻って新聞社への就活準備をしてきます」
   大木、パソコンを閉じる。
大木「これから地下アイドルみんみんのサイン会に行って来ます」
小谷「(慌てて)ちょっと待ってください! 俺の話を聞いて下さい! 半年前からずっと、夢の中に、下半身の無い女性のお化けが出るんです!」
   3人、顔を見合わせソファに座り直す。
   マスター、小谷にコーヒーを配膳。
山際「半年前から? ずっと?」
香川「下半身の無いお化けって……」
   山際、ニヤリと笑い、大木を見る。
山際「大木、あるよな」
大木「はい。いくつか、絞り込めますよね」
マスター「そのお化けは何か言ってました?」
小谷「ええ。テケテケ……って」
   4人、顔を見合わせ嬉しそうにハイタッチをする。
   大木、うやうやしくお辞儀。
大木「都市伝説サークル『ケサランパサラン』へようこそ!」

 

タイトル「ケサランパサランの事件簿」

 

○小谷順也の家・部屋(深夜)
   小谷、ベッドでうなされている。
   *   *   *
   薄暗い森。
全力で走る小谷。
   ガサゴソと草を踏む音がする。
   小谷、しゃがんで身を小さくする。
   くぐもった女の声が聞こえる。
女「……・テケ、テケ。……テケ、テケ」
*   *   *
   小谷、ベッドでうなされ目を覚ます。
小谷「夢か……」
   小谷、起き上がり頭をかきむしる。

 

○同・台所(夜)
   小谷、シンクで顔を洗う。
   小谷、壁のカレンダーを見る。
   『デイサービスお泊まり』の文字。
小谷「ばあちゃん、今日泊まりだったな」
   カレンダーには、『順也バイト』、『奨学金入金日』の文字。

 

○同・居間(仏間)(夜)
   小谷、仏壇の前に座る。
   小谷、両親・祖父の写真を眺める。

 

○森(回想)
   大雨、夜の森。
   炎上する車のそばで幼い小谷(5歳)が小谷祖父の腕の中で泣いている。

 

○同・居間
   小谷、目を開ける。
   小谷、襖を開けて出て行く。
   襖がピシャリと閉じられる。
   仏壇の写真がカタリと動く。

 

○喫茶店ケセランパサラン・店内
   席に座る小谷、大木、香川、山際。
   そばの椅子に座るマスター。
マスター「では現時点での調査結果をどうぞ」
大木「テケテケというのは、東北地方で起きた列車事故が原因という説が有力です。女性が列車事故に遭い、身体が上下に引き裂かれたことから、付近を捜索しましたが、見つかったのは上半身のみ、下半身は見つかりませんでした。このことから、以降、上半身が下半身を探しているという都市伝説が広まりました」
   *  *  *
   イメージ。
   夕暮れの中の列車、踏切警報機。
   列車の前に立つ女性の姿。
   衝撃音。
   上半身(影)がうごめき闇に消える。
   *  *  *
山際「列車事故の場所と時期が特定できたら、現地調査開始だ」
大木「分かりました」
香川「オッケー」
マスター「では解散!」
   全員、立ち上がる。

 

○高台公園(夕方)
   小谷・大木・香川・山際、高台公園で街を見下ろす。
   遠くに夕焼け。
小谷「マスターってどういう人なんですか?」
山際「元々は高校の先生。親の遺産があって、お金には困ってないとかいう噂」
香川「UFO・超常現象・都市伝説が好きで、喫茶店の名前を『ケサランパサラン』にしたのもそういう理由」
小谷「ケ……? 『ケサランパサラン』?」
大木「これくらい自分で調べて下さいよ」
小谷「都市伝説サークルっていうのは?」
山際「俺たち、ふじのやま大学のサークル。マスターが、都市伝説の調査費用を全面的にバックアップしてくれている。活動場所はマスターのお店」
小谷「へえ……」
大木「領収書はちゃんと出して下さいよ。マスターの奥さん、凄く厳しいんです」
小谷「で、調べた後はどうするんですか? ブログにアップするとか……」
山際「マスターの友人の雑誌記者が、調査結果を記事にするのさ。店の壁にあった記事は、過去のサークル調査結果」
   *   *   *
   (回想)
   店の壁に貼られた記事の数々。
   *   *   *
大木「(夢見るように)僕たちの調査が、最後は打ち上げ花火のように雑誌の記事になるんです!」
香川「要するに、病みつきってわけよ」
山際「小谷君も、大学の単位を落とさない程度に、一生懸命に調べてよ」
小谷「はあ……。で、ここは何なんですか?」
大木「ふじのやま高台公園。UFO目撃証言の多い場所です」
   大木、双眼鏡で遠くを眺める。
   香川、鞄からカメラを取り出し構える。
   山際、懐から煙草を取り出し吸う。
   小谷、気まずそうに、
小谷「俺、用事あるんで、失礼します」
山際「じゃあな」
   小谷、そばを離れる。
   空を眺める3人のシルエット。

 

○小さな駅・改札前(夜)
   小さな駅の改札を出る小谷。
   改札前のベンチに座り、酔った風の柳原倫香に気付き、立ち止まる小谷。
   *   *   *
   (回想)
   女友達に囲まれる楽しそうな倫香。
   遠くで見る小谷。
   *   *   *
   倫香に歩み寄り、話しかける小谷。
小谷「柳原さんですか?」
   倫香、眠たげな目を開く。
倫香「……誰?」
小谷「法学部2年の小谷。クラスで一緒の」
倫香「ごめん、分かんない。ね、家帰りたいから、手伝って」
   倫香、ふらふらと立ち上がる。
   小谷、倫香の身体を支える。
小谷「柳原さん……」
倫香「倫香って呼んで」
小谷「倫香さん、お家近くなんですか」
倫香「そう、たぶんそう」
   小谷、倫香の身体を支えながら歩き出す。

 

○柳原倫香のアパート・ドア前(夜)
   小谷、部屋番号を見る。
   小谷、倫香を揺すり、
小谷「着きましたよ」
   倫香、震える手で鞄から鍵を取り出そうとして、落とす。
   小谷、倫香を抱えながら開錠する。
小谷「部屋に入ります……」
   小谷、緊張しながら、入室。

 

○同・室内(夜)
   女の子らしい部屋。
   小谷、倫香をベッドに寝かせ、毛布を上に掛ける。
   倫香、目を閉じたまま。
倫香「ありがとう……帰っていいよ」
   小谷、落ち着かず周りを見回す。
   机の上に置かれた木彫りの置き時計に目を留め、手に取る。
   熊の造形がリアルな奇妙な時計。
   裏には「○○村・合併記念」の文字。
倫香「……小谷君、ありがとう。さっさと帰って」
   小谷、倫香の声にどぎまぎする。
小谷「じゃあ、俺はこれで」
   小谷、倫香の部屋を出る。

 

○同・アパート前(夜)
   小谷、足取り軽く帰る。

 

○同・アパート室内(夜)
   倫香、起きあがる。
   眠たげではない。口元に笑み。

 

○新幹線のプラットホーム
   新幹線から降り歩き出す小谷・大木・香川・山際の4人。
   大きな旅行鞄を持っている。

 

○レンタカー・車内
   運転山際、助手席小谷、後部座席に大木、香川。
   大木、香川、じゃんけんを始める。
大木「今日の晩ご飯を賭けまして……最初はグー!」
   山際、ルームミラーで二人を睨む。
山際「おい、そこの。うるさいと外に出すぞ」
大木「すぐ終わるんで、待って下さい!」
   大木、勝負に勝ち、大げさに喜ぶ。
   山際、急に車を路肩に止める。
   山際、後部座席を振り向いて怒鳴る。
山際「俺は、車で騒がれるのが一番嫌いなんだ。降りるか、静かにするか、どっちかにしろ」
   大木・香川、下を向く。
大木「静かにします」
   山際、車をスタートさせる。
   小谷、気まずくなり、外を見る。
   静かになる車内。

 

○小さなホテル・外観
   地方都市にある小さなホテル。

 

○小さなホテル・ロビー
   4人、ラウンジで作戦会議。
山際「俺は香川と、事故当時の取材記者と会う。大木と小谷は図書館で事故情報を調べてくれ」
   4人、立ち上がる。

 

○東北新報・社屋内
   人気が無く閑散としたオフィス。
   新聞記者の岩見(40)、山際と香川に名刺を差し出し、ソファに促す。
岩見「私は東北新報の岩見」
山際「ふじのやま大学2年、山際です」
香川「香川です」
岩見「で、何が知りたいの」
山際「15年前の列車事故について」
岩見「ちょっと待ってよ」
   岩見、ノート等資料を持ってくる。
   ファイル名「女性列車轢死事件」。
岩見「古い話だよ。何でこんな事件に興味持ってんの」
山際「大学のレポートで、地方の事件事故の背景について調べているんです」
岩見「最近の大学生は大変だね。じゃ頑張って」
   岩見、欠伸をしながら出ていく。
   山際、ファイルを開く。
   香川、カメラで周囲を撮影する。
   新聞記事が多数貼られている。
  『』凄惨な列車事故」
  『飛び込み自殺?』「」
  『上下分断された死体』
  『消えた下半身はどこに?』
   事故写真数点。
   線路、コスモス畑、赤い傘、血痕。
   幼い子を抱いた女性の写真。「小松響子・30歳」とある。
   山際、デスクで競馬新聞を読む岩見に話しかける。
山際「当時をご存じの方はいますか?」
岩見「いるにはいるが、この辺り地名が変わったからな、探すのは難しいよ」
山際「地名が変わった?」
   岩見、木彫りの置き時計を示す。
   熊の造形がリアルな奇妙な時計。
   裏に「○○村・合併記念」の文字。
岩見「市町村合併で地名が変わったんだ。探すのは難しいぞ」
   香川、時計を写真に収める。
山際「お墓は、ご存じですか?」
   岩見、考え込む。
岩見「市の共同墓地だったかな」
山際「調べてみます」
   山際、香川、頭を下げる。
山際、香川「ありがとうございました」

 

○図書館・新聞閲覧場所
   小さな図書館。
   当時の新聞を探す大木、小谷。
   小谷、大木に話しかける。
小谷「山際さんってどうしてあんなに恐いんですか?」
   大木、新聞から目を離さず答える。
大木「いつもですよ、あの人。いい人なんですけどね。苦労人で、俺たちより3歳も年上。色々あるみたいです」
小谷「ふーん」
   大木、記事を見つける。
大木「ちょっと、この事件、気になります」
   大木、列車事故記事と、男女の焼死体発見の記事を並べる。
小谷「男女の焼死体発見の記事は、今回の列車事故と何か関係あるんですか?」
   大木、地図を広げて示す。
   二つの事件は隣接し、県境にある。
大木「市町村合併して場所が分かりにくいですけど、距離的には近いと思いますよ」

 

○同・玄関
大木「列車の事故と、焼死体の件。場所が近いということは、間違いなく関連性がありますね」
小谷「関連性って……」
大木「都市伝説ハンターの勘です」
小谷「前から言おうと思っていたんですけど、『ケサランパサラン』っていう変なサークル名、どうにかならないんですか?」
大木「マスターの趣味の喫茶店にちなんでつけてるんです。マスターが僕たちの活動支援をしている以上、僕たちは『ケサランパサラン』なんです」
   大木、携帯を確認する。
大木「亡くなった女性のお墓が分かったようなので、合流しますか」
小谷「オッケー」

 

○共同墓地・墓の前
  小谷、大木、香川、山際、墓前で手を合わせる。墓には「小松響子 享年30歳、平成14年8月30日没」の文字。
  香川、カメラで周辺を撮影をする。
  小谷、何気なく隣の墓を見る。
  墓には「小谷明 享年31歳、小谷百合恵 30歳、平成14年8月30日没」。
  小谷、驚いて墓に駆け寄る。
山際「どうした」
小谷「俺の、両親の、墓だ」
   大木、香川、山際、驚く。
小谷「小さい頃に両親は事故で死んだと聞かされた。俺は墓参りには行ったことが無い。昔、ばあちゃんにお墓の場所を聞いたら、遠いから行けないって……」
   小谷、力なくしゃがみ込む。
   大木、資料の新聞を広げる。
大木「ということは、『雑木林で男女の焼死体発見』、これは小谷君の両親のことじゃないですか?」

 

○同・管理事務所前
   住職、悲しそうな表情で話す。
住職「悲惨でしたよ。女性の上半身のご遺体と、近くの林には燃えた車の中に男女の焼けたご遺体がありました。上半身の女性のほうはご主人が引き取り、男女のほうはご家族が来られないということで、町の方が有志でお墓に入れたんですよ」
   全員、複雑そうな顔をする。
   小谷、悔しそうに空を見上げる。

 

○大衆食堂・店内(夕飯)
   4人は席で食べながら話す。
小谷「俺、両親が死んだ経緯を全然知らなかったんだ。亡くなったじいちゃんは、何も教えてくれなかったし、ばあちゃんも最近は記憶が曖昧で……」
山際「(遺品とかあるだろう、思い出の品とか。手がかりは無かったのか? 今まで疑問に思わなかったのかよ?」
香川「ようやく小谷君の悪夢に出てくるお化けとの関係性が見えてきそうだね」
大木「新聞社では何か収穫はあったんですか?」
   山際、資料を大木に渡す。
   香川、カメラを小谷に渡す。
   大木、資料を眺める。
   小谷、写真のプレビュー画面の木彫りの置き時計で手が止まる。
小谷「この置き時計って……」
香川「市町村合併の記念で配られたとか」
小谷「これ、どこかで見たような気が……」
大木「で、次はどこを調べるんです?」
山際「待て。まず、話を整理しよう。小谷は下半身の無い女のお化けに追いかけられる夢を半年前から見ている。お化け女は『テケテケ』と言っていることから、都市伝説の『テケテケ』ではないかと俺たちは考え、調査を開始した」
香川「そこで都市伝説発祥の事故現場を特定し、東北地方のこの都市にやってきた。『テケテケ』のルーツと思われる女性の列車事故の話は、新聞社で確認した通り。女性の死体発見場所と時と場所を同じくして、小谷の両親が焼死体で発見されている」
大木「小谷君の両親は何をしにこの町に来たんですか?」
   皆で小谷を見る。
   小谷、首を振る。
   山際、携帯で電話を掛ける。
山際「度々すいません、さきほどお邪魔したふじのやま大学の山際ですけど、東北新報の岩見さんは……あ、どうも先ほどは……、あの、またお願いしたいんですけど、列車事故のあった同じ日に、男女の焼死体が発見されているって聞いたんですが、ご存じありませんか? ……はい、急ぎです。すいません」
   しばらくして電話の着信。
   山際が電話に出る。
山際「山際です。はい、今大丈夫です。……夜、暴走車両が雑木林に突っ込んできた。大雨、ブレーキ痕は無い。レンタカー? なるほど。運転席に男性、助手席に女性。車が燃えたんですか? 所持品から身元判明。身元不明の指紋が二つで、一つは成人、一つは子ども(小谷を見る)、なるほどね。事故写真とかは? 分かりました。後で取りに行きます」
   山際、電話を切る。
   山際、小谷を睨みつける。
山際「(怒ったように)お前、事故現場にいたんだろ?」
   小谷、顔色を変えて立ち上がる。
小谷「俺は、知らない!」
   小谷、店を出て行く。
   香川、大木、じゃんけんをする。
   勝った香川、ガッツポーズ。
香川「大木、ごちになります」
   考え込む山際。

 

○ホテル・シングル部屋(夜)
   ベッドに転がる小谷。目を閉じる。
   *   *   *
薄暗い森。
   道の無い草むらを走る小谷。
   雨が降り、土砂降りになる。
   森に衝撃音が響く。
   森に細長い光が差す。
   小谷は光の方向に走る。
   車のヘッドライトのそばに人影。
   車のそばに幼い小谷(5歳)を抱く小谷祖父。
   車が衝撃音で跳ね上がる。
   小谷祖父、幼い小谷とともに走り去る。
   車のボンネットから火が上がる。
小谷「父さん、母さん!」
   小谷、燃える車に駆け寄る。
   フロントガラスが割れ、車の運転席に小谷父、助手席に小谷母。二人とも頭から血を流し、ぐったりとしている。
   小谷、車に近寄る。
   次の瞬間、車が燃える。
*   *   *
   小谷、うなされて目を覚ます。
   起き上がり、洗面所で洗顔。
   電話の着信音が鳴る。
   着信画面は、「柳原倫香」。
   小谷、驚いて電話に出る。
小谷「もしもし」
(以降、カットバック)

 

○ホテル・シングル部屋(夜)
   電話で話す柳原倫香。
倫香「小谷君? 私……倫香。この前はありがとう。酔ってて、あまり覚えてないけど、小谷君と話をしたのは覚えてる。電話番号は、小谷君の友達から聞いたの」
小谷「そう……じゃあ、今度お酒飲むときは、酔いすぎないように、気をつけて」
倫香「あの……」
小谷「な、何?」
倫香「お礼に……今度一緒にお酒でもどうかなって。二人きりで」
   ガッツポーズする小谷。
小谷「い、いいね」
倫香の声「私の家でもいいよ」
小谷「家?」
   小谷の声が嬉しそうにワントーン上がると同時に、小谷、あっと息を飲む。
   小谷の脳裏にイメージが浮かぶ。
   *   *   *
   イメージ。
   倫香の家の木彫りの置き時計と、香川のカメラに映っていた新聞社の置き時計が重なり、一致する。
   *   *   *
倫香の声「小谷君? 大丈夫?」
   小谷、我に返る。
小谷「う、うん、何でもない」
倫香「(笑う)じゃあ、おやすみなさい」
小谷「……おやすみ」
   小谷、電話を切り、大きなため息。
   倫香、不敵な笑み。

 

○ホテル・ロビー(朝)
   ロビーの椅子に座る4人(小谷、大木、香川、山際)。
山際「今日は東北新報の岩見さんの案内で、事故現場に行く。予算の都合上、我々のタイムリミットは今日までだ。明日には戻らないといけない」
香川「真相解明は今日まで、ってことだな」
   4人はうなずく。

 

○ホテル・玄関前
   4人、ホテルから出てくる。
   ホテルの前に横付けされた車(5人乗り)。
   運転席から、岩見が降りてくる。
   岩見、手を挙げて4人に合図する。

 

○5人乗り車・外観
   緑豊かな田園風景の中、車が進む。
遠くには雄大な景色。

 

○5人乗り車・車内
   運転席に山際、助手席に東北新報・岩見、後部座席に右から大木、香川、小谷の順で並んでいる。
   岩見、助手席の足下に置いてあった『04年8月 女性轢死事件 捜査資料』と書かれた紙袋を漁り、中から『事故車両』と書かれた小さい紙袋を取り出す。
岩見、後部座席側に振り向き、後部座席の香川に渡す。
   香川、小谷に紙袋を渡す。
   小谷、紙袋の表書きを確認し、中の写真を取り出し、手に取る。
   写真は、森の中で燃えた車両を、規制線の外側から、様々な方向から撮影したものである。
遠景、近景。運転席、助手席、後部座席、周囲の生い茂る木々。
   小谷、写真をじっくりと眺めていたが、突然、写真を取り落とし、苦しそうな顔で頭を抱える。
   *   *   *
(フラッシュバック)
   衝撃、揺れ、女性の悲鳴、目の前を染める血しぶき。
ガタンゴトンの列車の音、
   青空。踏切。カーンカーンという音。(フラッシュバック終わり)
   *   *   *
香川「小谷! しっかりしろ、おい!」
   車が路肩に停車する。
   香川、シートから身体を浮かし小谷の肩を揺する。
   小谷、我に返る。頭を振り、目をしばたかせ、大きな深呼吸。
小谷「大丈夫、大丈夫」
   香川、安心したように、シートに身体を沈める。
   車が出発する。
   小谷、車窓を眺める。
   田園風景、遠くの山並み。
   突然、後部座席の大木と香川がじゃんけんを始める。
大木「それじゃ、今日の昼ご飯は1回勝負で」
香川「俺はステーキ丼にするからな」
大木「それじゃ……最初はグー!」
   山際、バックミラーを睨む。
山際「おい、後ろ、これ以上うるさいとその辺に落としていくぞ」
大木「ちょっとまって、あと1回待って」
   大木、じゃんけんに勝ち、大げさに喜びガッツポーズ。
山際「おい、いい加減にしろよ!」
   山際、険しい顔になり、怒鳴る。
   山際、路肩に停め、後部座席に振り向き、再度怒鳴る。
山際「お前ら、車から下ろすぞ!」
   小谷、振り向いた山際の顔を見る。
   *   *   *
(フラッシュバック)
   山際の顔が二重写しにぼやけて見える。
(フラッシュバック終わり)
   *   *   *
○車の中(回想)
   運転席に、小谷父、助手席に小谷母。
   後部座席に小谷祖父、幼い頃の小谷(5歳)。
   幼い小谷、シートベルトと嫌がる。
   父母、楽しげに会話している。
   祖父、微笑んで車窓を見ている。
   田園風景、遠くの山並み。
   田園の途中、コスモス畑となる。
   遠くで電車の音。
   幼い小谷、シートベルトを外そうともがく。
幼い小谷「ヤダヤダ! 取って取って!」
   小谷父、ルームミラーの幼い小谷をにらむ。
小谷父「順也、いい加減にしなさい!」
   幼い小谷、暴れる。
   踏切の遮断機の警告音、電車の音。
   小谷父、後部座席に振り向いて怒鳴る。
小谷父「順也!」
   小谷父が振り向く瞬間、フロントガラスの向こうに女性と赤い傘。
   踏切警告音、電車の音、警笛。
   小谷母、女性に気づき指さし叫ぶ。
小谷母「あなた、人!」
   小谷父、あっという表情。
   衝撃音。
   青空に舞う赤い傘。
   風で揺れるコスモス畑。
   列車の通過音と警笛、遮断機の警告音。
   フロントガラスが血に染まる。
   列車の通過音が遠ざかる。
   小谷父、小谷母、慌てて車外に出る。
   小谷祖父、幼い小谷の身体からシートベルトを外す。
   幼い小谷、恐る恐る伸び上がって車の周りの様子を伺おうとする。
   小谷祖父、幼い小谷を抱き寄せ、膝にのせ、胸の中に顔を埋めるようにし、幼い小谷に見せないようにする。
   幼い小谷、小谷祖父の胸の中でじっとする。
   小谷祖父、車外を見る。

 

○コスモス畑・車のそば(回想)
   コスモス畑、あぜ道。
   あぜ道に赤い傘が転がっている。
   車のそばで、小谷父母が口論をしている。
小谷父「女性が飛び出してきて」
小谷母「あの人は女の子を連れて歩いていただけよ! それをあなたが轢いたんじゃない!」
小谷父「それは、順也が騒ぐから」
小谷母「順也のせいにしないで!」
小谷父「お前のしつけが悪かったからだろう! 俺のせいにばかりにするな!」
小谷母「あなたがこんな人だとは思わなかった……(泣き出す)」
   小谷父、小谷母の身体を抱きしめる。
   小谷母、嫌がり身をよじり、小谷の胸や肩をこぶしで叩く。
   肩を落とし、うなだれる小谷父。

 

○車の中(回想)
   車に乗り込む小谷父母。
   心配そうな小谷祖父。
   祖父の身体にしがみつきながら、じっとする幼い小谷。
小谷祖父「どうなった。あの女性は」
小谷父「身体が上半身と下半身の二つに切断されました」
   小谷父、淡々と説明する。
   小谷母、泣き出し、身体を九の字に曲げて、両手で頭を覆う。
小谷祖父「何だって?」
小谷父「はね飛ばした衝撃で、電車のワイヤーにぶつかって、切断されました」
   息を飲む小谷祖父。
小谷父「女性の上半身は遮断機のそばにありましたが、下半身はちょうど通過した電車に巻き込まれたみたいで、ありませんでした」
   小谷父、車のエンジンをかける。
   小谷祖父、驚く。
小谷祖父「ちょっと待て、どこに行くんだ」
小谷父「目撃者は誰もいません。大丈夫です、私に任せて下さい」
   小谷父、車をスタートさせる。
   小谷父、表情は鬼の形相。
   どんどんスピードを上げる車。
   小谷父の異様な雰囲気に気づき、小谷祖父は、急いで幼い小谷をシートに戻し、しっかりとシートベルトをつける。
   幼い小谷、祖父の厳しい表情を察し、素直に従う。
小谷祖父「順也、目を閉じなさい」
   幼い小谷、目を閉じる。
   小谷祖父、自分のシートベルトを確認し、うなずき、シートに身体を埋めて、目を閉じる。
   *   *   *
   小谷父、何気なくバックミラーを見る。
   目を閉じ、眠ったようになっている小谷祖父、幼い小谷が見える。
   突然、ドンっと音がする。
   小谷父の目が大きく広がる。
   リアガラスにベタっと顔と両手をくっつける女性の姿。
   女性の顔は所々血に汚れている。
   女性の口が、何かを言おうとしたのか、パクパクと開く。
   女性、血に染まった手でリアガラスを何度も叩く。
   ガラスが血に汚れる。
   小谷父は恐怖で息を飲み、身体を震わせてミラーから目を外し、身体を縮こませるようにして運転に専念する。
   小谷父、アクセルを強く踏む。

 

○林道
   車は早いスピードのまま、林道に入る。
   小谷父、ミラー越しにリアガラスを見るが、女性の姿は無く、ガラスも綺麗なまま。
   小谷父、ほっとため息をつき、口元に笑みを浮かべる。
   車はスピードを上げたまま、山道をどんどん登っていく。
   空は夕暮れにさしかかり、暗い。
   道の入り口に、「この先関係者以外立入り禁止」の看板。
   看板を通過し、さらに車は進む。
   小谷父、バックミラーを見る。
   眠ったように目を閉じた小谷祖父、幼い小谷。
   助手席の小谷母も頭をシートに倒し、眠っている。
   小谷父、ほっとため息をついた瞬間、車の天井にドンという衝撃、ウィンドウを見上げると、女性の逆さまの顔がある。
小谷父「わー!(絶叫)」
   小谷父、急いでブレーキを踏む。
   衝撃。
   車は木にぶつかり、バウンド、横転、一回転し、元の状態に着地する。

 

○車の中(回想)
   小谷祖父、身体を大きく揺らす衝撃で目を開ける。
   運転席、助手席では小谷父母が血まみれでぐったりしている。
   フロントガラスが粉々に砕けている。
   小谷祖父、震える手で自分のシートベルトを外し、横でぐったりしている幼い小谷の身体を揺すり、その身体からもシートベルトを外す。
   小谷祖父、幼い小谷の身体を抱き上げ、車外に出る。
   バンパーから黒煙が出ている。
   小谷祖父、幼い小谷を抱いたまま、運転席のドアを開け、血まみれの小谷父を揺すり起こそうとする。
   小谷父、絞り出すように言う。
小谷父「父さん、私たちのことは置いていって下さい。順也を頼みます」
   小谷父、目を閉じて言う。
小谷祖父「お前たちを置いていけない!」
   小谷父、血まみれの右手を上げて小谷祖父の身体を押し出す。
   雨が降り出す。大粒の雨が車を叩く。
父「私たちのことは、……置いていって下さい。……おいていけ!(力を込めて祖父を突き飛ばす) おいていけ!(声が少しずつ小さくなり)おい……てけ、おい……てけ、……てけ、てけ」
   小谷父の弱々しい声の『てけてけ』のみが残響し、リフレインされる。
   小谷父の声が激しい雨音にかき消される。
   幼い小谷、目を覚まし、泣き出す。
   小谷祖父、左右を見回し立ち去る。
   線のように降りしきる雨。豪雨。
   小谷祖父の姿が雨の中に消える。
   爆音がして、車が燃える。
   薄暗い雨の中、車がいつまでも燃えている。
(回想終わり)

 

○森の中・事故現場
   車は林道を通り、人があまり踏み入れないような、朽ち果てた野原に入る。車を停車。
   5人、車を降り、周囲を見回す。
岩見「ここが、小谷さんのご両親が事故に遭い亡くなった現場です」
   香川、カメラであちこちを撮影する。
山際「どうして女性の列車事故と関連付かなかったんですか?」
岩見「この事故現場が関係者もあまり通らない場所で、そのために発見が遅れ、女性の列車事故と別々のものとして扱われたんだ」
   野原の隅に、夫婦を模したような小さな地蔵二つ並んでいる。誰も手入れをしないため、地蔵の周りには落ち葉が積もっている。
   小谷、地蔵の周りの落ち葉を手で取り除く。
   5人、静かに地蔵に手を合わせる。
   小谷以外、車に乗り込む。
   小谷、名残惜しそうに振り向く。
   小谷の視線の先に、幻影が現れる。
   地蔵のそばに1台の車が現れ、そのそばに小谷父・小谷母(遺影の写真と同じ姿)が微笑んで並んで立っている。そしてこれらはやがて霞んで消える。
   小谷、笑顔で軽くうなずき、車に戻る。
   車が出発する。遠くなる車。
   地蔵の上を2羽の蝶が舞う。

 

○線路脇・コスモス畑(夕方)
   空は夕焼け。
   どこまでも続く線路。
   そのそばにコスモスが咲いている。
   小谷、大木、香川、山際、岩見の5人は周囲を見回す。
   遮断機のそばに、大きな地蔵がある。
   香川、カメラで周囲を撮影する。
   5人、地蔵に手を合わせる。
   その時、警告音が鳴り響き、遮断機が下りる。
   電車が通り過ぎる。
   5人、電車が通り過ぎる様子を見送る。
   5人、コスモス畑に視線を戻すと、そこに赤い傘を持った柳原倫香が立っているのに気づく。
   そのそばに、年配の男性・柳原父(55)が立っている。
   小谷、柳原倫香の姿を見て驚くも、以前の置き時計の符号点を思いだし、目を伏せる。
山際「何だ? 俺たちに用か?」
倫香「小谷君に用があって」
   倫香、笑みを浮かべている。
   大木、香川、顔を見合わせる。
大木「小谷君、隅に置けませんね」
   香川、メモ帳を取り出す。
香川「とりあえず、連絡先を聞いてもいいかな。ラインのIDとか」
   倫香、笑顔で首を振る。
倫香「私、ここで列車事故に遭った小松響子の娘です。(柳原を示し)こっちは、父」
   小谷以外の4人、驚愕する。
柳原「全部をお話するために、来ました」
   山際、しっかりと頷く。
山際「これで、真相解明できそうだな。香川、写真。大木、録音の準備」
   岩見、香川、カメラを構え直し、大木、鞄からボイスレコーダー、集音マイクを取り出す。
   倫香と柳原、地蔵に手を合わせる。
   コスモスが風で揺れる。
   空は夕闇に差し掛かっている。

 

○共同墓地
   倫香、柳原、小松響子の墓に花を手向ける。
   そのそばで、小谷、大木、香川、山際、岩見の5人は墓に手を合わせる。
   柳原、5人に向き直る。
柳原「私はずっと待っていました。(小谷を見て)小谷さん、あなたに会える今日という日を」
   小谷、表情を失い、蒼白になっている。
   柳原、小谷から目をそらし、遠くをみつめて話す。
   5人は固唾を飲んで聞き入る。
柳原「私の妻は、響子といいます。響子は町の生まれでした。私は、旅先で響子と出会い恋をして、この町に住むようになりました。住み始めてしばらくして、町が市町村合併して無くなるということで、行政と住民との意見交換会が何度か行われました。町の一部がダムに沈むという話が出たり、全員町から出ていかなければいけないといった、デマ話が、住民の中で囁かれていました。その頃から響子は心と身体のバランスを崩し始めていました。時々激しく泣いたり、物に当たって投げつけたり、私に暴力を振るうようになりました。私がもっと彼女を支えてあげれば良かったのですが、私にその力が無く、結局私たち夫婦はうまくいかず、倫香が5歳の時に離婚しました。倫香は私が引取りました。月に一度、響子と倫香の面会日が、事故のあった日でした。あの日は、妻の響子は、娘の倫香と二人で、線路沿いのコスモス畑を散歩に行きました」

 

○線路脇・コスモス畑(回想)
   線路そば、コスモス畑のあぜ道を並んで歩く母子(小松響子、柳原倫香)。
   踏切が警告音を鳴らす。
   電車が接近する。
   衝撃音。
   土砂降りの中、パトカー・救急車のサイレンが鳴り響き、傘を差したやじ馬、マスコミも集まり踏切前はごった返す。
   *   *   *
   周辺は規制線が張られ、ブルーシートで覆われる。
   柳原、傘を差しながら警察にブルーシートの中へと案内される。
   柳原、ブルーシートの中をのぞき込み、苦しげに顔をそむける。
柳原「間違いありません、私の妻だった、小松響子です」
警官「残念ながら、今のところ、上半身しか見つかっていません。下半身が見つかり次第、ご連絡します」
   *   *   *
   土砂降りの中、警察、野次馬、マスコミでごった返す事故現場。
   傘を手に呆然と立ち尽くす柳原。
   倫香が駆け寄り、柳原にしがみつく。
   柳原、倫香に気づき、傘を落とし、倫香の身体を抱き上げる。
   二人の様子に気づいたマスコミが二人を取り囲む。
   たかれるフラッシュ。
   雨に濡れる柳原、倫香。
   雨合羽を着たリポーター、柳原にマイクを向ける。
リポーター「亡くなった奥さんの響子さんは、上半身しか見つかっていないというのは本当ですか? 下半身はどこに?」
   柳原は何も答えない。
リポーター「列車への飛び込み自殺という話がありますが?」
   リポーター、何とか答えをもらおうと、強引にマイクを押し出す。
リポーター「亡くなった小松響子さんと離婚した原因は? 柳原さん、あなたが娘さんの倫香さんを引き取った理由は?」
   柳原、泣き出しそうな顔になる。
大粒の雨がその顔を濡らす。
   柳原、倫香を抱きしめたまま、大股でその場を後にする。  

 

○柳原の家・家前(朝)(回想)
   外は土砂降りである。
   郵便ポストに新聞を取りに出た柳原、家の前の道路にマスコミがいるのに気づく。
   目隠しをしたワゴン車、路上駐車数台。いくつもの傘が、道路に並んでいる。
   柳原、雨の中、新聞をポストから取り出し、乱暴にポストの口を閉め、足早に家の中に戻る。

 

○同・居間(回想)
   白い布が壁一面に貼られ、居間には仏壇がもうけられている。
   小松響子の写真が仏壇に飾られている。
   柳原、線香を手向ける。
   柳原、ソファに座り、新聞を読む。
   ソファのそばのテーブルで、倫香は菓子パン、オレンジジュースなどの簡単な朝食を食べている。
   柳原、怒りを込めて新聞を壁に投げつける。
   その音に、倫香はびくっと身体を硬直させる。
   *   *   *
   イメージ。
   新聞の紙面が並ぶ。
『列車事故・自殺か?』
『帰宅ラッシュ直撃・列車ダイヤ大混乱』
『凄惨な現場・身体真っ二つ』
『残された上半身・下半身はどこに?』
『現場は地獄絵図』
『土砂降り、困難な現場検証』
*   *   *
   柳原、頭を抱える。
   倫香、朝食を食べ終わり、柳原をじっと見つめる。
倫香「お父さん、あの車はどこに行ったの?」
   柳原、顔を上げる。
柳原「車?」
倫香「白い車。倫香がお花とってたら、白い車が来て、お母さんとぶつかったの」
柳原「ぶつかった?」
倫香「うん。お母さん、お空飛んで、二つになったの。お空みたいに赤くなってた」
柳原「白い車に乗っていた人は見た?」
倫香「大人の男の人と、女の人。車から出てきた」
柳原「(考え込みながら)白い車の話、誰かに言った?」
倫香「(首を振って)ううん。言ってないよ」
柳原「そうか。……倫香、食べたもの、片づけなさい。今日は幼稚園行かなくてもいいから」
倫香「(嫌そうに)えー?」
柳原「今日はお葬式だから、お客さんが沢山来るんだよ。早くお着替えしてきて」
倫香「はーい」
   倫香、コップなどを持って台所に行く。
   柳原、頭を抱える。
(回想終わり)

 

○共同墓地
  墓を前に、柳原が話す。
  柳原の様子をじっと見つめる倫香。
  小谷、山際、岩見は柳原の話を聞き入る。
  大木、マイクを柳原に向け、録音機器の確認をする。
  香川、柳原にカメラを向けたり、景色を撮ったりしている。
柳原「娘の話が本当なら、白い車が響子をはね飛ばし、殺したのだと私は確信した。私は白い車の行方を追った。色々と調べている時、雑木林で発見された男女の焼死体の記事を見つけた。白い車、時期、男女、符号点は多くあった。だが、妻の事件と関連付けられていなかった」
山際「あなたはどうやって小谷さんにたどり着いたんですか?」
柳原「雑木林の白い車の持ち主について警察に問い合わせたんだ。レンタカーということだけは分かったから、あとはしらみつぶしにレンタカー会社を当たった。男女の焼死体の行方も追った。遺族が遠くにいて遺体を引き取れないって聞いて、これは何かあると思った。僕は男女の遺体を引き取って供養をし、妻の隣の墓に入れてもらうように手配をした。いつか、この墓の遺族がここに来たときに、真相を話してもらおうと思って」
   柳原、晴れ晴れとした表情。
柳原「小谷君がここに来た。待ちに待った今日が、その日だ」
   小谷、涙をためた目で語る。
小谷「あの時、5歳だった僕は、事故の時、車に乗っていました。事故の後、僕は一週間くらい熱を出して寝込んだと聞きました。事故のことは全く覚えていません。父と母、祖父と僕、4人の旅行中の事故でした。祖母は具合が悪くて家に残りました。僕はここに来て、事件のことをやっと思い出しました。これからは、事件を世間に公表して、父と母、祖父の犯した罪を、僕なりに考えながら生きていきたいと思います。僕の両親を供養してくれて、本当にありがとうございました」
   小谷、柳原に向かって頭を下げる。
   倫香、バッグから木彫りの置き時計を取り出し、小谷に渡す。
小谷「これは……?」
   小谷、戸惑う。
倫香「この町の合併記念で作られた記念品。私の部屋で見たでしょ。これを見る度に、事件のことを思い出して」
   小谷、力なくうなずく。
倫香「私は、あなたをここに連れてくるよう、父に頼まれたの。私の役目はもう終わり。じゃあね」
   倫香、柳原、ともに笑顔で立ち去る。
   呆然と佇む5人。
   空が夕闇に包まれている。

 

○駅の改札前(朝)
   山際、岩見にお礼をする。
   小谷、大木、香川が並んで立つ。
山際「岩見さん、また何かあれば連絡してもいいですか」
岩見「君たちの頼みとあれば、喜んで協力しますよ」
   山際と岩見、固い握手をする。
   小谷、大木、香川も岩見と握手。
   肩を叩き、互いの労をねぎらう。

 

○喫茶店ケサランパサラン・店内
   テーブルソファ席に座る小谷、大木、香川、山際。
   マスター、近くの椅子を引き寄せ座る。
マスター「小谷君は、あれから悪夢は見なくなったのかい?」
   小谷、膝に置いた置き時計に目を落とす。
小谷「はい。事件のことを思い出してからは、全く」
マスター「それは、良かった。で、この件を雑誌とかの記事にしたいんだけど、いい? 名前とかはもちろん伏せるけど」
小谷「大丈夫です。柳原さんは記事にすることを望んでいると思うので」
香川「また悪夢見たら教えてよ!」
   小谷、苦笑する。
   山際、席から立ち上がり、『テケテケ事件』というファイルを本棚に納める。
   カウンターの奥から、マスターの奥さんが顔を出す。
   奥さん、ジロリと全員を睨む。
奥さん「あんたたち、領収書は早めに出すんだよ」
   談笑していた全員、動きが固まる。

 

○小さな霊園
   たくさんの墓石が並ぶ。
   墓に手を合わせる、小谷、車椅子の小谷祖母。
   墓には「小谷明 享年31歳、小谷百合恵 30歳、平成14年8月30日没 平成29年8月改葬」と書かれている。
   小谷、笑みを浮かべ墓を見つめる。
   墓の上には2羽の蝶が飛ぶ。
   小谷、祖母の車椅子を押して去る。

 

○駅売店前(朝)
   通勤客でごった返す売店前。
   倫香、週刊誌を購入する。
   週刊誌見出しは「都市伝説『テケテケ』十五年目の真実」。
   倫香、紙面を見て不敵な笑み。
   倫香、スーツケースを転がす。
   倫香の姿は雑踏の中に消える。

 

  完
 
 
◆執筆後記
数年前にテレビシナリオとして応募した作品。当然ながら見事撃沈。つまらないのもご愛敬。ホラー映画「テケテケ」を見ていて思いついた作品。

お品書き

大好評★架空請求の体験談

おすすめエッセイ

おすすめ小説

無料ブログはココログ