« 豆乳ヨーグルトを漬け物で作ったら豆腐になった話 | トップページ | 【架空請求の体験談】メアド変更連絡の誘惑 »

NOタミフル!インフル闘病生活

昨年のことである。

外は春うらら、私はインフル日和であった。

勤務先の保育園で、インフルエンザの保育園児と一瞬だけマスクを外して話をしたのが1月末。
その2日後から、15年以上ご無沙汰だったインフルエンザ症状が出始めて、ついに寝込んでしまった。

思い起こせば、その直前まで、給与手続き、補助金申請、労務関係書類作成、決算と事業計画の準備…と忙しさに追われ、自分の身体を顧みず、疲労がピークであったこと、免疫力が落ちていたことが、インフル感染の要因であったように思われる。

さて、耐性タミフル問題やインフルエンザと解熱剤の問題に怯えつつ、「一番大切な時にタミフルと解熱剤はとっておく!」との決意のもと、体力十分の時だからこそ、「NOタミフル! NO解熱剤!」のインフル闘病生活を開始した。

ただひたすら暇なので、体温をメモし、データ化する。

熱の推移はデータの通り。

背中を丸め悪寒にぶるぶる震えて病院を訪れたものの、インフル陰性と診断され、翌日、39℃の熱の中、病院を訪れ、インフル陽性の診断を受け、思わずガッツポーズ。

これにて、1週間の闘病生活と相成ったのである。

タミフル・解熱剤を服用せず、ひたすら寝る。寝る。寝る。

Kindleで手塚治虫の火の鳥を大人買いして読んだせいか、夢の中で何度か火の鳥が出てきてしまう始末。
思わず火の鳥に呼びかける。

「火の鳥、いいの。私は永遠の命など欲しくは無いのよ。 さあ、戦火うごめくアラブ諸国へ行きなさい・・・」

火の鳥はどこかへ飛んで行ってしまった。これでよし。

さて、何とか無事に1週間のインフル生活を終え、来週より仕事復帰できそうであり、ただただ、安堵。

マスクは正しく使うこと、疲れをためずリセットすること。

インフル予防はこれに尽きることを、今回は痛く反省した。

反省と学びの多い1週間であった。嗚呼、反省。

昨年のことである。

外は春うらら、私はインフル日和であった。

勤務先の保育園で、インフルエンザの保育園児と一瞬だけマスクを外して話をしたのが1月末。
その2日後から、15年以上ご無沙汰だったインフルエンザ症状が出始めて、ついに寝込んでしまった。

思い起こせば、その直前まで、給与手続き、補助金申請、労務関係書類作成、決算と事業計画の準備…と忙しさに追われ、自分の身体を顧みず、疲労がピークであったこと、免疫力が落ちていたことが、インフル感染の要因であったように思われる。

さて、耐性タミフル問題やインフルエンザと解熱剤の問題に怯えつつ、「一番大切な時にタミフルと解熱剤はとっておく!」との決意のもと、体力十分の時だからこそ、「NOタミフル! NO解熱剤!」のインフル闘病生活を開始した。

ただひたすら暇なので、体温をメモし、データ化する。

熱の推移はデータの通り。

背中を丸め悪寒にぶるぶる震えて病院を訪れたものの、インフル陰性と診断され、翌日、39℃の熱の中、病院を訪れ、インフル陽性の診断を受け、思わずガッツポーズ。

これにて、1週間の闘病生活と相成ったのである。

タミフル・解熱剤を服用せず、ひたすら寝る。寝る。寝る。

Kindleで手塚治虫の火の鳥を大人買いして読んだせいか、夢の中で何度か火の鳥が出てきてしまう始末。
思わず火の鳥に呼びかける。

「火の鳥、いいの。私は永遠の命など欲しくは無いのよ。 さあ、戦火うごめくアラブ諸国へ行きなさい・・・」

火の鳥はどこかへ飛んで行ってしまった。これでよし。

さて、何とか無事に1週間のインフル生活を終え、来週より仕事復帰できそうであり、ただただ、安堵。

マスクは正しく使うこと、疲れをためずリセットすること。

インフル予防はこれに尽きることを、今回は痛く反省した。

反省と学びの多い1週間であった。嗚呼、反省。

« 豆乳ヨーグルトを漬け物で作ったら豆腐になった話 | トップページ | 【架空請求の体験談】メアド変更連絡の誘惑 »

エッセイ:色々」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 豆乳ヨーグルトを漬け物で作ったら豆腐になった話 | トップページ | 【架空請求の体験談】メアド変更連絡の誘惑 »

お品書き

大好評★架空請求の体験談

おすすめエッセイ

おすすめ小説

無料ブログはココログ