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僕は特定秘密

僕は、『特定秘密』である。

名前はまだ無い。


たぶん――名前は無いのだと思う。

上官は、僕のことを「SRS-023」と呼ぶ。

どうやらそれは「個体識別番号」と言うみたい。

でも僕は知らない。


僕には母さんはいない。父さんもいない。

気がついたら、僕の周りには大人が沢山いた。

みんな怖い顔で話している。

何を話しているかは僕は知らない。


ある日、僕は家の外で散歩しようとしていたら、上官にすごく怒られた。

「お前は建屋にいろ。外には絶対に出るな!」

怒られると決まってお腹をロープで縛られた。長いロープは僕と柱をつなぐ。

外に出てはいけない、外は怖いところだ、と何度も言われた。

ロープを外された後は、建物のそばで長い時間作業をした。


――でも、僕は知りたかったんだ。

外の世界のことが。

フワフワした白い雲がいっぱい浮かんでいる。あれに乗ったら楽しいだろうな。

想像しただけで胸がいっぱいになった。

雲。星。太陽。虹。風。


作業がないときは、いつも窓辺で空を見上げるのが僕の日課だった。


ある時、空の向こうに緑色の固まりが見えたから、あれは何かって上官に聞いたら、「森だ」って返事が返ってきた。

太陽に照らされてキラキラ輝いていた「森」は、なんだか夢の世界みたいで、僕は毎日「森」を眺めていた。


この前、僕は作業中に大失敗をして、大けがをした。血がいっぱい出て、とても痛くて、たくさん泣いた。

そしたら上官がこう言ったんだ。

「お前の代わりはいくらでもいる。お前は放射能に強く作られたクローン人間だ。廃炉作業のためにお前は作られた。それだけの命だ

上官の目は穴がいたように、落ち窪んでいて、真っ黒だった。


僕は怖くなって、布団を被って隠れた。

次の日、僕は外に出る決心をした。


誰もいない時間を見計らって外に出る。

「森」に向かって一生懸命走った。


そうしたら、「森」についた。

そこで、僕は彼女と出会った。彼女は花子といった。

花子は独りぼっちだった。

「あの時、原発が爆発して、村人は全員強制退去になったの。みんな村を捨てて出て行ったのよ。私の両親は、酪農をしていたんだけど、『牛たちを捨てては出て行けない』と言って、二人とも森の奥で命を絶ったの。村の人はいなくなったけど、私はたった一人で森に住んでいるの。一生、ここで暮らすの。だって、ここは私が生まれ育った村なのよ」

花子はとても悲しそうだった。


花子とは色々な話をした。

僕は、生まれて初めて「楽しい」と思えた。

僕にとって、花子は初めて出来た「友達」だった。


花子と数日過ごしたある日、銃声がして、花子がバタリと倒れた。

僕は驚いて慌てて森の奥に隠れた。


見ていると、何人かの男の人が来て、花子を担いでどこかに消えてしまった。


――僕は、花子を取り戻そうと決心した。

花子が言っていたことを思い出した。


「私はあなたが可哀想に思えてならないわ。爆発した原発の廃炉作業をするためだけに生み出された、放射能に強いクローン人間、って絶対に間違っている。あなたは幸せになるために生まれてきたの。あなたは、あなたの幸せを取り戻すために、あなたの存在を世の中に知らせるべきよ。そうじゃない?」


 僕は、幸せと花子を取り戻すことを決意した。


 それからどれだけの月日が流れたのだろう。

 僕は、今、ホテルの中にある記者会見会場にいる。

 沢山のマイクを前に、僕は、僕自身の幸せと花子を取り戻すために、語った。


「僕は、廃炉作業をするためだけに生み出されたクローン人間です――」


 僕は心を込めて語った。


 誰一人聴衆のいない記者会見会場で。


 2時間、僕は誰もいない空間に向かって語り続けた。


「お時間です」

 僕は記者会見会場からホテルのボーイにつまみ出された。

「どうして誰も僕の話を聞いてくれないんだ!」

 僕はホテルのカーペットにうずくまりながら、泣いた。

 ボーイが僕の耳元でこう囁いた。


「《特定秘密保護法》を知らないんですか? あなたは『特定秘密』なんです。あなたに関わる人ははみんな逮捕される。政府に都合の悪いことは誰にも言わないで下さい」


 僕はホテルの裏口から外に出された。

 とぼとぼと当てもなく歩く。

 手の中につかみかけた幸せは、とっくにすり抜けて落ちていた。


 ――『特定秘密』の僕には、家族が無い。戸籍が無い。信じるものは何一つない。

 僕は、これからどうやって生きていくのか。

 僕にも分からない。

 花子の行く先さえ、僕は知らない。

 誰にも分からない。

 ――この国の行く末が、分からない。


* * * * * *


 あれから何ヶ月も経っていた。

 僕は、高架橋の下で風雨をしのぎながら暮らしていた。毎日、訳もなく涙が溢れ、いつも泣いていた。


 そんな時、偶然通りがかった自称芸術家のSさんと出会った。

 Sさんはあまりお金を持っていなかったが、ツケがきくという理由で寂れたスナックに入り、僕とSさんは長い間話をした。


 Sさんは、僕の境遇を知り、とても驚いた。


「お前の話はよく分かった。全部、世間に公表しよう。特定秘密保護法が何だ。一人の人間の人生が奪われたんだ。俺が何とかする。お前の大切な友達の在処も聞き出してみる」


 店を出て、Sさんと並んで夜の繁華街を歩く。

「俺が秘密について一番問題だって思っているのは、知らないことで不利益を受ける人がいるってことだ」

 Sさんの言葉に、僕は少し考えて、

「僕は上官の受け持つクラスで原子炉の勉強をさせられたんだけど、明日がテストっていうことを、みんなは知っていたのに、僕は知らなかったんだ。テストの点数が悪くて僕はひどい罰を受けた」

 Sさんは笑って、

「うまい例えじゃないが、要はそういうことだな。知らないことが不利益になることがある。知らないというのは、知らされないこと、知ろうとしないことだ」


 Sさんの家に着いた。

 Sさんは部屋に入る前に、着ていた服を全部脱いだ。

「お前も服は脱げ。放射性物質が付着している」

 よく分からないままに僕は服を脱いでSさんに渡した。

 Sさんはドアノブに下げてあった紙袋の中から作務衣を取り出し、僕に渡した。

「少し大きいが、着ろ」

 Sさんも僕と同じ作務衣を着る。


 部屋の中は、壁という壁に様々なデジタル計器が並んでいた。

「何なの?」

 僕がたずねると、Sさんは、

「この街のあらゆる場所の放射線量を測定しているんだ」

「何が分かるの」

「見ろ、この高い値を。この街が放射性物質にひどく汚染しているっていうことが分かる。防塵マスクで暮らしたいがそうはいかない。防塵マスクをしただけで、国ににらまれる」

「どうして?」

「防塵マスクをすると、放射性物質が飛散し危険だということを周囲に知らせることになる。この街の放射線量が高いことは、『特定秘密』だ。世界的なスポーツの祭典が数年後にこの街で行われることはお前も知っているだろう。国家プロジェクトの前に、この『特定秘密』は死守しなければならない。このタイミングで防塵マスクをすると『特定秘密』の漏洩だと国は思うんだ」

「でも、この街に暮らす人は大丈夫なの? 危ないときはちゃんと危ないっていって言ってくれないと困るよ」

「影響があると知れば大騒ぎになる。『特定秘密』を知ることは国民の利益だが、それを知らせないことは国の利益だ。秘密を知ること、つまり、秘密を知らせること(漏洩)、秘密を知ろうとすること(扇動、教唆)は捕まるんだ」

「よく分からないよ」

「まあ、いい。お前を見ていると、何とか助けたくなってくるんだよ。俺の愛読する本、R氏の本にこう書いてあった。『苦しみは一人で抱えずに、他人と共有しましょう』ってな。お前の苦しみは、みんなの苦しみだ。全国民で分かち合おう。そうすればもう少しこの国がよくなるかもしれない」

 Sさんの話は少し難しくて、僕は聞きながらうとうとし、やがて眠ってしまった。


 目が覚めると、既にSさんの姿は無かった。

 食卓の上にメモがあった。

「知り合いのテレビのディレクターに話をした。生放送の番組にお前を出してもらえることになった。書いてある場所に○○時に行け」


 指定された放送局に着いた。

 受付で自分の名前を言い、応接室に通してもらう。僕の胸は期待で少しだけドキドキしていた。


 僕はこれから秘密を全国民に知らせる。
 みんなの知るところになれば、僕の秘密は『特定秘密』ではなくなるんだ。
 僕は本当の自由を手に入れる。
 自由になれば花子を探して、二人でどこかに行こう。
 きっと未来は明るい――。


 待つこと数分。

 ドアのノックがして、僕は胸の高鳴りを押さえながら、「はい!」と大きな声で返事をした。

 ドアが開くやいなや、迷彩柄の武装した大人たちが突入してきた。

 僕は呆気にとられた。僕の両腕は後ろに回され手錠が掛けられた。

「どういうこと・・・なの?」

 武装した男は、僕の顔をにらみつけた。

「お前が今から行おうとしていることは、『特定秘密』の漏洩にあたる。いいな。漏洩の未遂だ」

「う、うん」

 全てを悟った僕の足はガクガクと震えた。胸の鼓動がズキズキと激しくなった。掌から汗が噴き出す。

「お前にここに来るようにそそのかしたSという男は、『特定秘密』を漏洩するようにお前にそそのかした罪で逮捕した」

「え・・・」

 僕は息を飲み、声を失った。

「Sに頼まれてテレビの生放送番組でお前を出演させて『特定秘密』を漏洩させようとしたディレクターは同じく、そそのかしの罪で逮捕した」

 僕はもう何も言えなかった。

「ついでに言っておくが、Sが愛読していた本の著者、R氏もそそのかしの罪で逮捕した。『苦しみは一人で抱えずに、他人と共有しましょう』という言葉は、最悪なことに、多くの人に伝播した。あの本のせいで、全国各地で、毎日、『特定秘密』の漏洩が行われようとしている。
 我々は『特定秘密』の漏洩を防がねばならない」

 僕は男と一緒に一台の大型車に乗った。狭い車内で、すし詰め状態に沢山の人が乗り込み、僕は身体の大きな人との間に挟まれた。

 僕は息が出来なかった。

 さっきの男の人が言った。

「お前の『友達』がいたな。花子っていう。生きてはいるが、牢屋にいるぞ」

 僕は顔を上げた。

「え、今、何て」

 男が言った。

「花子はな、お前が一人で記者会見を行った『特定秘密』の漏洩の、そそのかしの罪で捕まったんだよ」

「でも、記者会見では誰もいなかった。人がいないのに漏洩になるの?」

 僕は思わず叫んだ。

「『王様の耳はロバの耳』って寓話を知らないのか。土の中に叫んでも、誰かが聞いている。全て漏洩になるんだ。知らないのか」

 僕は何も言い返せなかった。

「頭の中で考えることは自由だ、大いにするがいい。しかしだな、秘密を日記に書くとするだろう、その日記を紛失したらどうなる。これも秘密の漏洩だ。
 お前の場合もそうだ。会見会場には、誰もいなかったか? いや違う、ホテルの従業員がいる、監視カメラもある。全て見ているんだ、漏洩するお前を。昔は便利だった。『隣組』という監視システムがあったからな。
 これからは家族、隣近所、親戚、同僚、友人らが、現代の『隣組』となって互いを監視する。漏洩した者、漏洩させようとした者を密告し、処罰する。それでこの国の『特定秘密』は守られるんだ」

 男はそういうと、窓を開けてタバコを吸い始めた。


 ――体これから僕はどうなるんだろう。僕は想像がつかなかった。


 窓の外では夕闇に街のネオンが瞬いていた。

 夜の街の喧噪の中に、黒塗りの大型車は消えていった。


【完】



・・・あとがき・・・

特定秘密保護法の可決に寄せて、創作作品を書いてみた。
こんな未来が来ないことを祈るばかり。

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