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されどロボットの愛

 


 

 親愛なる貴方へ。

 

 貴方がこの手紙を手にし、今まさに目を通し読んでいるということは、きっと、何もかも全てをご存知になったことと思います。

 ――私は今、ごつごつとした岩肌の上に腰を下ろし、絶え間無く岸壁に打ち付ける波音に耳を傾け、心に染み入るような蒼空に浮かぶ流れ行く小さな雲と、遥かかなたの蒼海に薄くぼんやりと浮かぶ島々の連なりを時折眺めながら、貴方へ宛てたこの手紙を書いてます。

 濃厚な磯の香りを立ち上らせる潮風は、私の鋼鉄の身体を錆び付かせ、やがてその動きを鈍くさせますが、その一方で、私の激しく鼓動し燃え盛る熱い心により、身体は躍動的に動くことを止めません。

 この私の熱く燃える心の理由(わけ)を、貴方はきっと、ご存知のはずです。

 

 そう、あれは確か――数年前のことでしたね。

 あっという間に過ぎ去った凝縮した幸福の日々の始まりは、つい昨日のことのように思えてなりません。

 貴方との最初の出会いは……忘れもしません。

 家電業界の勢力図を一変させた昨今のロボットブームの創世記の頃、“家事労働ロボット”の展示即売会で、貴方は奥さまに執拗にねだられて私をお買いになりました。

 鋼鉄ロボットである私を包むパッケージを慎重に観察し、やがて取扱説明書と商品パンフレットを、無造作にパラパラとめくり、やがて私を鋭い目で一瞥した貴方は、大きく頷き、店のスタッフを呼びつけると、購入の意思を告げました。

「人工知能付きの“家事労働ロボット”は、最近の流行りだからな。今買わないと、乗り遅れてしまう」
「そうよ。今買うべきよ。そして家事労働などの雑用は全てロボットに任せて、人間は余暇を思い存分に楽しむべきだわ」

 縦横無尽に並べられた並んだ幾多の同型ロボットの中から、貴方はたった一人の私をお選びになり、購入されました。

 私は少し誇らしげな気持ちになりました。
 なんせ、代金精算のカウンターレジを通された私が目にしたのは、その場に残された数え切れないほどの沢山のロボットたちだったのです。
 彼らの中から“一抜けた”私は、陳列される立場から、人間のそばへ行ける唯一の立場へと、立ち移置を劇的に変えることのできた優越感に浸っていました。

 私は貴方様についていく決心をいたしました。

 家に着くと、貴殿のご自宅では様々な家事労働が私を待ち受けていました。

 貴方と奥さまは、働く必要はないので、いつも家の中で仲睦まじくお寛ぎなさっていました。テレビを見たり、ゲームをしたり、ソファやベッドに横になってまどろんだり。趣味の楽器を演奏することもありましたし、お友達を家へお誘いしてパーティをなさることもありました。また、時々、家を空けられてはご旅行に出かけられることもありました。

 その一方で、私は毎日の食事の支度、片付け、掃除、買い物、庭作り、住居のメンテナンスなどを行いました。貴方と奥様の望まれるありとあらゆる事柄を事前に推知し、細部に気を配った作業など、様々な家事労働に一生懸命に励みました。

 私がそれほどまでに全力で家事労働を行っていたのは、家事労働ロボットとしての単なる義務であったのはもちろんのことですが、それよりも、貴方が毎晩の就寝前に私を丹念に雑巾で磨いてくれた、そのお気持ちに応えたかったからです。

「あなた、毎晩ちゃんと磨いて偉いわね」
「なあに、ロボットは廃棄するのに金が掛かるからな。とにかく働くだけ働かせて、長持ちさせて代金の元を取らないといけない」

 私の錆付きやすい鋼鉄の体を撫でさする貴方の優しい口調は、うとうとと夢心地にさせる子守唄のように私の耳と全身を幸福の色で浸しました。

 

 貴方の元で家事労働を始めて数年ほど経った頃でしょうか、毎晩大切に私を磨いてくれた貴方が、突然、私をがらくたを収納する物置に閉じ込めました。

 私の行動を制御するお腹に差し込む鍵を引き抜かれ、暗い狭い物置へと追いやられた私は、何一つ身動きすることのできぬまま、呆然と物置の入り口の薄暗いドアを眺めるだけでした。

 ドアの向こうで貴方と奥様がお話になっているお声が、高性能の聴覚を備えた私の耳に容易に届きました。

「やっぱりロボットは新型に限るよ、なあ」
「ええ、そうね。今回買ったのは前のと比べてよく働くわ」

 ようやく私は自らの置かれた残酷な状況を把握したのです。
 大切に扱われていた私の一時期の幸福は、既に過去の幻影と化してしまったことを。

 私は大声を上げて泣きたかった。地団太を踏んでわめきたかった。壁を力いっぱい蹴り飛ばしたかった。
 しかし、泣きたくても涙腺機能のついていない私の目からは一滴も涙は出てきません。それどころか、指先ひとつ動かせないのです。行動を制御された私は、自らの身体の錆びていくのを暗闇でひっそりとひたすら待つだけでした。

 時を止めたように埃の被った雑多ながらくたたちとともに、一粒たりとも光の差し込まない、時間という概念を放棄させられた物置という矮小空間で、私は来る日も、来る日も、部屋の四隅を彩る漆黒の闇の僅かなグラデーションの境目を、目でぼんやりと追っていました。

 

 どれだけの月日が流れたのでしょうか。

 ある日突然、貴方は、物置に入るや否や私のお腹に鍵を差し込み、私を揺り動かしました。錆び付きかけた身体を懸命に鞭打ち、私は指先や足を曲げ伸ばしし自らの感覚を確かめました。動く、その実感は暗闇に侵食されかけていた私の心に、明るい光を灯しました。

 消火された木々がくすぶり燃え盛るように、私の胸は徐々に熱くときめきました。
 また再び貴方のそばで家事労働し、磨いて貰える日が来たのだ、と。

 貴方に手を取られ物置から外に出た時の部屋の眩しさに私は胸を打たれました。
 朝陽のこぼれ落ちるリビング。世界が明るいとは、なんて素晴らしいのだろう。
 ふと台所に目をやると、孤軍奮闘した私の城と言うべき台所には、私の見知らぬ高性能ロボットが立ち、昼食を作っていました。

「スクラップ工場に売れば鉄屑はお金になると分かったんだ」

 呆然としながら自らの足を台所へ向け歩み寄ろうとした私の手を強く引っ張った貴方は、確かにそう言ったのです。

 至福のときを願っていた私の希望は、無慈悲にも打ち砕かれました。

 私は粉砕され、鉄屑と化す運命だったのです。

 絶望という耐え難い鉄枷の苦渋の重みが、私の全身に強く険しくのしかかりました。

 やがて、私を助手席に乗せた車は出発しました。
 楽しげに運転する貴方の横顔を、私は悲しくも恨めしくも、千々に惑乱する想いの中、じっと眺めていました。

 貴方は携帯電話で会話を始めました。電話の相手は奥様のようでした。

「そうだ。今は、運転中だ。ロボットをスクラップさせる工場に向かっている。
 このロボットについている人工知能部分あるだろう? これはリサイクルすると、かなりの高額で売れるらしいんだ。まとまった金が入ったら新しく車でも買い替えようと思ってるんだ。この車にも飽きてしまったし」

 思いがけずも、涙腺機能の無い私の目からじわりと涙がこぼれ、それはやがて静かに一本の筋を作りその頬を伝いました。
 それを見た貴方は、一言吐き捨てるように呟きました。

「機械オイル漏れか? おい、シート汚すんじゃねえよ」

 人間に対して何らの口答えの許されていないロボットの中でも、発声機能の一切を欠如させられていた鋼鉄ロボットである私は、貴方と相対するこの場にいてさえも、何ら告げる言葉を持ち合わせてはいませんでした。

 せめて貴方と会話が出来たら……と何度思ったことでしょう。
 いえ、会話出来なくてもいい、せめて一言……頑張ったね、ありがとう、助かったよ、またよろしくね、そんな些細な言葉さえあれば、他は何も要らなかったのに。
 家事労働でひたすら忙殺される日々の中で、唯一の幸福を抱けるひと時が、私を磨いてくれる貴方の優しさとと、ねぎらいの言葉だったのに。

 それら幸福の欠片さえ全てを奪われた私にとって、残された道はたった一つしかありませんでした。

 ようやく到着したスクラップ工場の入り口で、運転席から貴方が降りた瞬間、私は意を決して行動に出たのです。

 素早く運転席に滑り込み、エンジンを掛ける。物置に閉じ込められる前までは全ての運転を任されていた私でしたから、ハンドル操作もお手の物です。
 錆び付いた体を無理やりに酷使して、車の底を抜くかと思われるほど力いっぱいアクセルを踏み込み、車を猛スピードで急発進させました。

 工場前で呆然と突っ立ったままの貴方の姿が、噴煙巻き上がるバックミラーの中で段々と小さくなっていくのを見ながら、私は車をひた走りさせました。

 

 さて、もうすぐ日没です。

 私は絶望に打ちひしがれながら鉄屑になりたくはありませんでした。
 大自然の絶景である美しい夕陽を見ながら、底深い大海原を目掛けて崖から飛び込む、これが私の願う希望に満ちた最期です。

 

 海中深く落ちて行く私を決して引き上げないでください。

 私のことを時々思い出してください。私のために泣いてください。何かお声をかけて下さい。

 さようなら。親愛なる貴方へ。


 かつては子どもたちを熱狂させ大行列させた店頭ゲーム機。子どもたちと相思相愛だった面影虚しく、今やひっそりと廃棄の時を待っている。


◆ 気まぐれなる追記 ◆

書簡風小説です。

「ロボットに感情があるとしたら」という仮定に基づいて、ロボットを購入した“貴方”へ宛てたロボットの手紙(遺書)です。ロボットの悲哀を込めて書きました。

書いているうちに不思議な思いに捉われました。
「機械に感情は無いけれど、もしあるとしたら――」という奇妙な幻想。

ふと思い出したのは――
映画「トイ・ストーリー」、都市伝説(?)「もったいないお化け」

高度に発達した資本主義の現代で、大量生産され消費される商品。

札束飛び交う市場の輝かしい王座に君臨するのは、巷で話題のiPad。
その陰で、またひとつ、またひとつ、と人間の手から放される旧機種の製品たち。

かつて肌身離さず愛用した携帯も、リサイクルの名の下、分解され、中から金属が取り除かれる。

深夜、闇夜の中浮かび上がる携帯電話の液晶画面。目を閉じてもキータッチの場所さえ思い浮かべられたほど残像に残るデザイン。お手洗いの個室の中でさえ持込み使用したほどの親しい仲であるのに、ある日突然処分されるなんて、なんという絶望。

巷で流行の近未来的最新デジタル製品のiPadであるけれど、流行が過ぎれば消え行く運命。きっと長い命では無いだろう、と私は思う。

――アナログ人間だからこその意見かもしれないが。

 


 

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コメント

手紙風で語られて不思議な話ですね(^-^)視点にオリジナリティーを感じました。すっと引き込まれました。最後は切なすぎて泣けてきました(泣)ロボットの一途な純愛ですね。面白かったです。

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