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中国旅行記「乙女通信」第7章第2節

 


 

地獄の階段、日没ダッシュ

「今から山登りします!」
 いつ来るとも知れぬ運転手を待つために路上で1時間もあてなく佇み、全身を疲労困憊していた一行の耳に飛び込んできたのは、さきほどの行方不明事件を一切記憶から消したかのごとく嬉しそうに微笑みながら述べたガイドの曲さんの言葉だった。
「山登るってオイチョット」
「よりによってこんなに疲れてるときにどうして?」
 一行の口からは次々と不満の声が飛び出した。げんなりした雰囲気が車内を満たす。
 私もその不満に賛成だった。それは、璃江下りの間中、ほとんど4時間を立って景色を見物したことや、運転手の行方不明の間中、ずっとしゃがんでいたために、足が疲れて麻痺し、棒のような状態になっていたからである。このような足では、山登りなど、到底出来そうに無い。一応、このツアーメンバーの中で最年少の私ですら、このような疲れ具合なのであるから、熟男熟女の先生方にとっては、山登りは死活問題であると言えた。不満が出るのも当たり前である。
 そんな不満を見透かしたかのように、ガイドの曲さんの満面の笑みは溢れんばかりになり、声は上ずったかのように高らかになった。
「山登りと言っても、500段の階段を登るだけですよ。安心してくださいね」
 500段! その段数を想像してか、一行は絶句し、一瞬車内は静まり返った。 500段とはかなり長い階段にあたるように思われる。「グリコ・チョコレート・パイナップル……」と子ども遊び風に数えながら登ったとしても、それぞれを33回は繰り返し言わなければいけない。指折り数えてその大変さに気づき、と思わず目を見開いてしまう。
「山の頂上で、桂林市を見渡しながら、夕陽を眺めるんです。桂林の日没は本当に綺麗ですよ」
 そう話すガイドのMさんの幸せそうな笑顔を見ていると、500段の階段なんぞ、大した苦難ではないように思えてくる。
 そんなに素晴らしい景色なら早く見たいものである。とても長い階段でも、ゆっくりと登れば身体的に負担を与えないのではないか、とさえ思えてきた。しかし、はやる心とは対照的に、疲労に満ちた身体は、「これ以上は、無理、ダメ、反対!」と悲鳴にも似たシュプレヒコールを上げていた。

畳彩山、地獄の階段(500段)の入り口。洞窟のような大きい入口が山の大きさの一端を現している。さて、日没に間に合うのだろうか。

 畳彩山の入口に着いた。洞窟のようなゴツゴツとした岩肌の入口をくぐると、段差の大きい階段が目の前に現れた。疲れて震える足を踏みしめるように、1歩ずつ階段を登る。しばらく登っていると、こんもりと茂った緑の木々が視野に現れてきた。黒々とした洞窟の闇から突如緑の中に飛び出したような感じである。数段登ったところで、背後からガイドのMさんの大声が響いた。
「皆さん! 日没まで間がありません! 急いで登ってください! 急がないと日が沈んでしまいますっ!!」
 どれほど危機迫る状況なのだと疑いたくなるくらいの、とても切迫したその声に驚いた一行は、飛び上がり、慌ててその足を早めた。私は、一段一段登るたびに、足の裏を針で刺されるような痛みに襲われたが、それに必死に絶えながら、階段を登った。余りの足の痛さに目頭に涙が溢れてきた。キュッと唇を噛み締めて、一定のテンポで階段を登る。

 登れども、登れども、ゴールの見えない道のり。

 全身から汗が噴き出してくる。私はこのツアー面々の中で最年少ということで、他の体力のある先生方に階段登りを負けるわけにはいかなかった。熟男熟女の先生方の誰かが私よりも先に頂上に到着した場合、私の立場は、「未成年なのに」「最年少なのに」と、軽く笑いの対象になってしまうかもしれない。被害妄想というよりも、年齢差30歳以上ある人たちに負けたくないという地味なプライドと、「自分は若いんだぞ!」という無意味な自己アピールをするために、私は渾身の力を振り絞ってその足を急いだ。

 唐突に気の遠くなるような感覚に襲われる。ほとんど気力で登っていた。息も絶え絶え、過呼吸こそならないものの、ぜぃぜぃはぁはぁという自分のものとは思えない危篤のような吐息が自分の耳に飛び込んで来る。
 それにしても、こんなに疲れているときになぜこのように全力で長々と続く階段を登らなければいけないのか。ゆっくりと地道に登りたかったのに……と愚痴をこぼしたくなった瞬間、運転手の眠そうな間延びした顔を思い出した。
 そうか、あの運転手が1時間も寝坊したために、ゆっくり階段を登る予定が、全力疾走で階段を駆け登ることに変更されたのだ、と知った。そうと知っていたら、運転手の睡眠場所をバスの車内にして、彼を遅刻させなければ良かったのに、と後悔したが、私が後悔しても無駄なことである。そう頭では分かっていたが、込み上げて来る苦しさの涙は抑えられなかった。

 もう少し、もう少し。
 あの階段を登れば夕陽が見える。

 目の端からこぼれた涙が頬を伝う中、悲鳴を上げる身体の気を逸らすために、ふと脳裏に浮かんだ歌を、息切れしながら必死に口ずさむ。
「ある晴れた~昼下がり~市場へ続く道~」
 明るく元気に登頂したいと思った歌であるのに、確実に気分が滅入りそうな、悲劇の名曲「ドナ・ドナ」であることにフルコーラス歌いきった後に気付き、げっそりと内心が落ち込んでくる。気分を変えるために、別の曲を歌うことにする。
「ある日~パパと2人で~語り合ってさ~」
 更なる悲劇の名曲「グリングリン」を歌ってしまい、再び全身が悲しみに包まれたものの、そのハイテンポな曲調に、階段を登る足は徐々に軽やかになっていった。
  頂上に着くまで数曲を歌い、最後の数段は、途切れ途切れのかすれ声で、「サザエさんは愉快なんだ~!」と、サザエさんのテーマ曲を何回か歌い、ラストフレーズを大声で雄叫び、登頂の最終段を踏みしめると、細波のように揺るがすような達成感が全身を襲った。
 
「着いたぞ、着いた!」
 湧き上がる強い思いとは裏腹に、足はもはや正常には立ってはいられなかった。ガクガクと力無く震えるばかりである。手の甲で涙を拭い、目的の夕陽を眺めようと、日没の見える場所に移動する。
 そこは、城跡のようで、山頂というよりも、石造りの展望台という感じであった。遠足の集合場所にもなりそうなくらい広いスペースは、石垣に囲まれており、その水平線には、オレンジ色の光に色塗られた桂林の山並みが、連なるように影になって見えた。

 これが、桂林の夕陽……。

 目の前の光景に呆然と立ち尽くす私の元に、先生方が次々と地獄の階段を登り終え、私の横に息を切らして倒れるようにしゃがみこみながら、「夕陽、夕陽……」と呪文のように呟いていた。
 しばらくすると、ガイドのMさんや曲さんも登り終え、疲れ知らずの至福の笑みを浮かべて、嬉しそうに叫んだ。
「間に合った! さあ、夕陽が沈みますよ!」
 到着した一行は、疲労で顔を悲痛に歪めて全身をワナワナと揺らしながらも、震える手で手持ちのカメラを鞄などから取り出し、一斉にカメラレンズを夕陽に向けた。

 これから数分間、一行は、地獄の階段登りを忘れたかのように、夢心地で眼前に広がる夢のような桂林の日没に見入ることになる。

桂林の街並み、日没の瞬間。形容する言葉を失わせるほどの美しさ。地球をキャンバスにしたこの雄大な景色を見ていると、運転手行方不明事件など、ちっぽけな事象であることを思い知らされる。

 全身疲労に襲われていたことも忘れ、一向は呆然と口を半開きにしながら、憑いたように景色に見入りシャッターを次々と落とす。私も、呆然と眺めるばかりであったが、カメラの存在を思い出して何枚もシャッターを落とした。

 白熱電球のように白く輝く太陽が、この日とサヨナラする際には、このように見事にオレンジ色に輝くとは、誰が考えよう。自然の神秘、そのものである。
「明日も昇るけど、明日まで私のことを忘れないでね」
 オレンジ色で強く輝く夕陽は、西の空に沈む寸前の有終の美を、永遠に続く空に向けて燦々と輝かせ、それを人々に見せることで、何かを訴えかけているようだった。 
 真上にある太陽は、人の目を焼かんばかりの鮮烈な白い光で、地上に存在する事物全てにその圧倒的なパワーを見せるが、一方、日没の夕陽の輝きは、いつまでもこの世に留まって居たいという断末魔の悲鳴ではなく、きっと訪れる明日の朝陽を信じて、満面の笑みで地上に別れを告げる哀愁のセレモニーなのではないか、とふと、美しく空を朱色に染めつつ山並みに消えようとしている夕陽を見てそう思った。

「ほんと綺麗だね。こんなに運良く天気も良くて、最高の夕陽を見れるなんて嬉しい」
 おばさんが私の横に並び、遠く山並みに美しい残像を残しながら消えるオレンジ色の夕陽を目を細めて見つめながら言った。
 オレンジ色に照らされた人々の至福に満ちた顔の視線の先には、感動の溜め息を思わず洩らしてしまうほどの、空の四方に美しい光の四肢を放射線状に伸ばした、天体の宝石があった。偉大な森羅万象前にすると、国籍など、地球などのカテゴリーは、ほんの小さいものにすぎないように思えてくる。

 そして。
 数分間、オレンジ色の美しい触手を地上に這わせていた夕陽は、やがて山の端に静かな残像を縁取りした後、ふっとその姿を消した。夕陽の鮮やかな朱色は静かに闇夜に混じりつつ、山並みの背後へと漂い、夜空に溶け込んで行った。

 夕陽が完全に消え、空が完全に夜の世界へと侵食されるまで、人々は動かずに既に夕陽の消えてしまった山並みを眺めていた。太陽によって温められた地面の熱気がゆっくりと去ると、全身をすっと冷気が襲った。宵は足音を立ててすぐそこに来ていた。
 夕陽を見終えた一行は、黙々と数珠繋ぎになって階段を降りた。
 「今日の桂林の夕陽も最高でしたね!」「そうですね!」
 と楽しげに会話をするガイドの2人を見て、私は、彼らが本当に深い部分で中国が好きなのだな、と思った。
 何も会話することなく、慎重に足元を見遣りながら階段を降りる一行の胸の内に反芻されていたのは、先ほど見た夕陽の感動ではなく、全身のあちこちから聞こえる筋肉の極度の疲労だった。


罰ゲーム?広東料理

 夕陽を見た後は、ホテルへと向かった。
 ホテルへと着くと、疲労困憊でロボットダンスのようにぎこちなくしか動けない身体を奮い立たせて、スーツケースを引きずり、部屋へと入る。すぐに夕食が始まるということで、急いでシャワーを浴びることにした。シャワーの下に立ち、全身を滝のように打たれていると、絹糸のように流れ落ちるシャワーの一粒一粒の滴が鉛玉のように思えてきて、それが全身を貫いていくような感覚に襲われる。身体のどこかしこも悲鳴を上げている。そのままシャワーに打たれたままでいると貧血に襲われそうな気がして、早々とシャワールームから退室した。

 ホテル内での夕食。
 明日帰国ということで、中国で食べる最後の夕食ということになる。最後というだけあって、2時間半も、夕食の時間として割り当てられていた。
 最後の晩餐は、広東料理のディナーであった。少し広めの個室には、大きな円卓のテーブルが置かれており、それに次々と並べられたのは、目にも鮮やかな美味しそうな料理の数々。
 シューマイ、ウナギ、野菜炒め、ご飯、スクランブルエッグ、スープ……。
 お腹をペコペコに減らしていた私は、バキュームで吸引するかのように、次々と料理を自分の取り皿に移すと、全て平らげていった。

 しばらくその美味しさにと空腹を満たす嬉しさに思わず無言で食べていると、隣の席から食べ物の入った皿が回されてきた。
「どうぞ食べて」
 と言われて差し出されたお皿にのった食べ物を一切れ箸で掴み上げ、自分の皿に移す。それを自分の目の前に皿を置き、まじまじと眺めたが、それが何であるかが分からなかった。ソテーした白身の魚に塩コショウをまぶしたようなものであるが、それに箸を入れると容易に身がほぐれ、口に運ぶことができた。
 食べてみると、スパイスの風味の濃い淡白魚、という感じである。とても多い硬い小骨を、箸で慎重に分解しながら食べる。こんなに硬い骨なのであるから、南蛮漬けにしても素揚げしても、骨の硬さには代わりはなさそうである。食べ難い魚ほど、愛着が沸いてくる。
 小さい頃から魚を食べる習慣のある私には、上手に魚を解剖して食べることなど容易である、と思い込んで食べていたが、よく見ると、私の取り皿の上は、「何があったのか?」と驚愕してしまうくらい、散乱した魚身と骨とで、魚の供養も出来ないくらいのひどい惨状となっていた。
「この魚、どうしてこんなに硬い小骨が多いのだろう」と考えながらも必死に魚身を頬張る様子は、あたかも、塩で茹でた枝豆を無意識にその身を出して口に含む中年オジサンのようである。

 中ほどまで食べたところで、隣に座っていたおばさんが、小骨に苦労しながらも嬉しそうに頬張っている私に向かって私の取り皿を指し、「それ、ヘビの塩焼きだよ」と言った。
 おばさんの言葉が脳裏に染み渡るまで数十秒を要した。
 ヘビ? ヘビって何? ヘビって……あの、ヘビ? 
 思わず手にした箸を取り落す。カラン、と自分の目の前の皿に切ない軽い音を立てて箸が転がる。ヘビという動物の名前を理解したときに、やっと自分の食べているもののが魚ではないことに気付き、私はむせ返りそうになった。
 おいおい、冗談じゃないよ。私は悲壮な表情で口を押さえた。
 ヘビを食べるなんて、聞いてないんだから! ヘビって、あのヘビなんでしょ? あの地面をニョロニョロと這う細長い紐のような生物のヘビ。干支にランクインしていて、ノミネートすらしていない犬猫に若干の優越感を抱いていそうなあのとぐろ巻きのヘビ。常時ハリウッド映画ではワニと同じ位狂暴な生物としての対決物の映画が撮られているあのヘビ。田畑や森林で悠々自適に過ごしている土の匂いのしそうな雰囲気と、トカゲの足が退化してなくなったような、全身びっしりの鱗の独特の様相を思い出し、「あのヘビがどうして私の口に?」という言い知れぬ驚愕が全身を駆け巡った。
 深海のブルーの中で優雅に遊泳する魚が、一瞬に土をジグザグ走行して、よもや人に飛びかかってする危険生物のヘビに変身するとは、引田天功もビックリである。魚がヘビに変化するなんて、なんて地味なイリュージョンなんだろう、そっちのほうがもっとビックリだ、と感心した。
 納得した後には、それがヘビであるという事実も、小骨の多い食べ難い食べ物であることも、そのスパイシーな独特の美味しさを根底から揺るがすものではなく、私は取り落とした箸を何食わぬ顔をして拾い上げ、箸を先に進めた。

 それにしても、ヘビはヘビでも、海で泳ぐ海蛇であれば、沖縄でもある程度ごく普通に食べられているが、地面の上を這う蛇は、今まで食べたことはなかった。お酒に漬けるという調理法はあっても、その骨の多さから、ヘビを煮込みやグリルなど、身体の全部を食べる料理には適していないのではないか。私の目の前に散乱する小骨たちがそれを物語っている。
 ふと、「広東人は、四つ足では椅子と机以外、飛ぶものでは飛行機以外は食べる」という格言を思い出した。天候不良により食物が不作になり、人々が飢餓になっても、この広東人の食への強い執着があれば、絶対に中国人だけは滅びないように思えてくる。
 サバイバル生活では誰しも原始の香りに誘発されて食べられるであろうと思われるものは何でも口にするであろうが、そうは言っても、どんな極限状態でも、それが食べられるか否かを考えたときに、根底において生活環境に左右されると思われる。同じ物を手にしたとしても、「これは普通なら食べられない。でも今は食べなければ生きることができない」と生死の行く末を覚悟する人間と、「これもあれも全部食べられる! ワーイ! 全部食材だ!」とそれをも含めて目の前の物全てが食材と思えてそれを食することに全く抵抗の無い人間とでは、生存率では明らかに違うように思える。
 食べる食材の幅が広い中国人は、地球に最後まで生き残る人類ランキングにおいて、ナンバーワンの可能性が高い。ただただ、尊敬の念のみである。

 見苦しいまでにヘビを食べ散らかした後、猫舌の私にとって最適温の冷えたスープを一口。器を持ち上げ、美味しい……と感嘆しながら飲んでいると、それを見たおばさんが「それはスッポンのスープ。美味しいね」と言った。ヘビの後はスッポンかい、と私は思わずズッコケそうになった。

最後の晩餐は広東料理。円卓を囲んでの食事がこれで最後かと思うと、少々寂しい気がする。沢山並べられた中国の料理に、名残惜しさを覚えながらの舌鼓。本当に本場の中華料理は美味しかった。

 しばらく食事を進めていると、私は自分の周囲を取り巻く妙な雰囲気に気付いた。妙に胸騒ぎのする居心地の悪い空気を私の鈍な嗅覚は感じ取っていた。
「おかしい。おかしすぎる。なぜみんな私のほうをチラチラと見ているのか」
 貸切状態の大広間で、3つの大きな円卓テーブルに座った20人余の人たちが、私の座ったテーブルの、それも私へと何かしら視線を送っているのだ。それは、悪意に満ちた目でも好意の目でもなく、嬉しさと未知への期待の詰まった好奇心の目と表情、そのものだった。
 先生方と目が会うと微笑を返す、ということをして食事をしていると、私の座っているテーブル席に、何やら大皿に載った食べ物が運ばれてきた。仰々しく置かれた皿を覗き込もうと私が座席に座った背を伸ばして見やると、先生たちは慌しくお皿に載った食べ物を取ると、それを隣の席に回し始めた。
 何をそんなに急いでいるのか。どうも気になる。少しだけ不審に思ったものの、みな人の良い年上のオジサマ・オバサマである。心の片隅に僅かな疑問はあったものの、未成年者の私を陰険にいじめるとは思えない、と彼らの人格の良さを疑うべくも無く思っていたために、その妙な雰囲気を気にしないことにした。

「これはサービス! 食べてね」
 数分後、妙な雰囲気の漂う中、一人の先生が大皿を手に私の横にすっと立った。差し出された皿を覗き込むと、一番最後に残った食べ物の欠片1つが小さく転がっていた。その先生は、専用の取り箸でその食べ物を私の目の前に置かれた取り皿に素早く移し替えると、自分の席に戻っていった。
「この丁寧なサービス振りはどういうことなのだ」驚きで目を見開きながら、自分の皿に目を落とすと、唖然となった。私の目は更にワッと大きく見開かれ、同時に口があんぐりと開く。そこにポツンと置かれていたのは―――。

 ニワトリの頭。

 私は、ひとつのニワトリの頭と目を見つめ合わせて向き合っていた。クチバシより少し下から寸断され、ちょこっと皿の中央に載ったそのニワトリは、シチューなどで煮込まれておらず、程よくボイルされていて、その表情が充分に見て取れる。黒々としたつぶらな瞳。茶色のトサカとクチバシが存在感たっぷりに鶏頭についている。羽毛は調理過程でむしり取られていた。

 これがニワトリの頭だということは、よく分かったけれど。それで……何? 見た後は隣の人に回せばいいの? 私はじっくりとこの鶏頭くんを拝見しました。では、次の方……。

 私は鶏頭の入った皿を隣に座った先生に渡そうとすると、その先生は聖母のような優しい笑みを浮かべて、首を振って答えた。
「それは貴方が食べるモノ。美味しいはずよ」
 丁寧な言い回しと優しい表情とは裏腹の過酷な内容に、私は呆然となった。明らかに無根拠に発せられたその台詞は、私の脳髄にゆっくりと染み渡った。
 食べる? ヘビもスッポンも、タニシも、芋虫に似た木の根っこも食べたと言うのに。記念すべき最後の晩餐で、なぜニワトリの頭を食べなければならないのだ。そんなご無体な! と思い、断りを入れる。
「無理ですよ。ニワトリの頭ですよ。食べられるわけ、ないじゃありませんか」
 負けじと笑顔でやんわりと拒否したが、
「遠慮しないで。若いんだから」
 それにしても、他の先生のお皿には、鶏肉のソテーらしいものが載っているのに、私の皿の上だけ、ニワトリの頭だけが載っている、というのはいかがなものか。どうして私が食べなければいけないのか。ニワトリの頭を食べるのは若い年齢順とでも言うのであろうか。熟齢の方こそ、人知れず不老不死の野望と幻想を持ってニワトリの頭を食べるべきなのではないのではないのか。
 ニワトリの頭をたべることが人生経験なのであれば、未成年者の私には、これから幾度となくゲテモノを食べる機会はあろうけれど、先生方はこのチャンスを逃したらこのようなものを食する機会は無いかもしれないのではないか。それなのに、なぜ私がこの鶏頭を食べなければいけないのか。なぜか。なぜであろう。
 ニワトリ頭の小さな瞳と見詰め合いながら、ふつふつと湧き上がる疑問をいくつも投げかけていたが、やがて私は戦慄した。

 もしかして。ひょっとして。先生方はよくニワトリ頭をよく食べているのではあるまいか。「今日の鶏頭、全体によく味が染みていて美味しかった」とか、「今回のトサカはイマイチだったな」などと言ってのけるほどの、実は凄いグルメ軍団だったりするのか。その美味しさを私に知って欲しくて、この料理を譲ってくれたのではないか。
 なんて思いやり精神に溢れた素晴らしい先生方なんだろう。沖縄のユイマール"相互扶助"の具現そのものである。
 感動と尊敬の念を送ろうと先生方を見回すと、各テーブルに座った先生方全員の視線が完全に私に集中していることに気付いた。ひそひそ声で隣の人と話ながら、しっかりと私を見ている。もしや、と思って注意して先生の間を見ていると、ガイドの2人も、いかにも興味津々という期待のこもった表情で私を見ていた。
 突き刺さるような視線を感じながら、皿の上の鶏頭をじっくりと見つめる。

 食べるべきか否か、それが問題だ。本日2度目のハムレットに私は変貌した。今回は、鶏頭ハムレットである。鶏頭を前にして悩む様は、ハムレットの威厳はどこかに吹き飛んでしまっている。鶏頭に悩めるハムレットは、あたかもニワトリ頭の着ぐるみを被った奇特な人間としか思えなくなってくる。

 食べるべきか否か。この状況から逃れることは絶対に出来ないのであろうか。食べずに、そのニワトリを自分の頭に乗せて「トーテムポール!」など叫んで一発芸でもすれば、許してもらえるのではないか。しかし、そのギャグが寒い結果に陥ったときに、私は自ら墓穴を掘って逃げ道を塞いだことになる。好奇の視線が冷たい視線に変わってしまったら、哀しいことこの上ない。

 食べるべきか否か。鶏頭を食べるなんて、嘘だと言って! と言わんばかりに再度確認のために周囲を見回すと、その視線はさらに熱くなっている。その視線を全身に受けていると、鶏頭を食することへの人々の期待が私の全身をビームとなって貫き、それは次第に、脳裏に「食べろ! 食べろ!」という大合唱の食べろコールを湧き上がらせ始めた。

  覚悟を決めて、いざ。

 目の前のモノを鶏頭ではない、プリンだ。両者を似ても似つかぬものに思い込むことにした。ニワトリの目の輝きは一向に消えることがなく、私を見つめ続けた。生け作りの魚だって、こんなに艶やかな目をしていないと思われる。
 ああ、どうして、キミは鶏頭なんだい? キミはなんて美しい瞳をしているんだ。
 ハムレットから一転、バルコニーで愛しのジュリエットを見つめるロミオに転じた私は、哀悼の意をこめて鶏頭に囁いた。
 手拭き用の塗れ布巾で手を拭い、鶏頭の首元を慎重に摘み上げると、先生方にどよめきの声が上がった。ハッと周りを見回すと、食い入るように私の動向を見守っている先生方が目に入った。その様子を見て、そのとき初めて私は、その鶏頭が先生方から譲られたのではなく、押し付けられたことを知った。
 まるで罰ゲームじゃないか、これは。何も負けていないのに罰ゲームをするなんて、と私は内心悲しさで一杯だった。
「食べるみたいよ」「ホントだ」「どうなるのかな」
 顔を歪めて目の前のことを全身で拒否しながらも、恐る恐る鶏頭をつまみ上げた私。その私を指差しながら、時折笑顔を交えつつ世間話風に会話を楽しむ先生方。隣に座ったおばさんに助けを求めようとして、おばさんを見たが、中東諸国を何度も旅行している彼女にとって、鶏頭はゲテモノではないごく普通の食べ物であるらしく、「美味しいのを食べられて良かったね!」と、鶏頭をつまんで恐怖に打ち震える私に、手放しで喜んでいた。
 気付けば、一行は静かに息を呑んで私を見守っていた。私がニワトリを食べるのを今か今かと見つめているのだ。どうやら逃げ道はないらしい。食べよう。ようやく私は最終決断を下した。こんなことになるのなら、もっと善行をしておいて、幸運の女神様が自分に微笑むように画策しておくんだった! "後悔先に立たず"の格言を身にしみて感じる。諦念と気合の混じる心意気で、決意を固めた私は、えいっと掛け声を上げてニワトリの首元に食らい付いた。

 そして。緊張の一瞬。
 首元の肉を一口食べ、ニワトリから口を離す。味は、ごく普通の美味しい鶏肉の味であった。私は、全員を見回し、少し大きな声で「美味しいです!」と笑顔で言い切った。
 一瞬の間を置き、互いの顔を見詰め合って、どよめく一行。
「美味しいんだって」「ホントに食べたよ! 凄いねぇ」
 鶏頭を食べた私の勇気にどよめく声は、次第に賞賛する声となり、それはなぜか拍手喝采となった。デイナー用の個室中、割れんばかりの鳴り止まない拍手。一行は食事の箸を置き、私に対して拍手を送っていた。
 その妙な盛り上がりに私はしばし仰天して目をパチクリとさせていたが、次第に元来のノリの良さが内心に沸き立ってくるのが分かる。あれほど食べるのを嫌がっていた自分が嘘のようにもう自分の中には存在しない。
「次はトサカを食べます!」
 私がそう言うと、一行は「おお!」と歓声を上げてどよめいた。カメラを手に私の元へ走る者まで現れ、カメラを持った先生方は、「ほらこっち向いて食べて!」と私に向かって叫んだ。私は、ニッコリ笑顔を作りながら、それらのカメラに向かって、口を開けてトサカを食べるポーズをすると、何度もカメラのフラッシュが瞬いた。その眩しい光が私の心をくすぐる。

 異様な熱気と盛り上がり。ディナー個室の一角は、時ならぬ「鶏頭を食べる少女」のモデル撮影会と化した。完全に食事を中座して、私の周りには数人の先生がカメラを手に延々とシャッターを切っていた。
「サンキュー! どうも!」
 即席のライブパフォーマーとなった私は、カメラを手にする先生たちの要望に応える形で、あらゆる角度からのニワトリの頭を食べる場面を演じた。それはあたかも、スポットライトを浴びた舞台の中央で、鶏頭を食べるポーズを取る役者のようだった。
「もっとクチバシをこっちに向けて!」「その食べ方、いいねぇ!」
 様々な注文の声が飛び交う中、私は、それらの声に適確に反応してカメラ目線でポーズを取りながら、「ヘイヘイ、ヘビでもカエルでも芋虫でも何でもカモーン」と陽気な気分になっていた。
 ニワトリの頭を食べるだけでこんなにスター気分になれるなんて、巷でスターを夢見るタレントの卵たちに裏技として教えたくなった。

 それにしても、この狂乱の光景は何であろう。
 今回の旅で、私をモデルにしてカメラ撮影してくれた先生は何人もいたが、可愛らしい少数民族の衣装を着たときよりも、鶏頭を食べる様子の撮影のほうが盛り上がっているというこの妙な事実。私がニワトリの頭で色々とポーズを取るたびに、歓声を上げてどよめくツアーメンバーの様子を見ていると、今この瞬間が、今回の旅の中で一番メンバー全員が団結した大事な瞬間のように思えてくる。
 どこか何かがズレているような気もしたが、考えないことにした。

 結局、私は、ニワトリの目とくちばし以外を残して全部食べたのであった。ニワトリの頭だと思うと食事も進まないが、鶏肉を食べなれた人にとっては、ただの鶏肉である。見かけこそグロテスクではあっても、食べてみないと分からない。食わず嫌いはもったいない、と私は思い、しっかりと頷いた。
 私は、自分のお腹の中に収まったニワトリとヘビとスッポンに、感謝した。その冥福を祈るために、お箸の柄を握り、湯呑みをカチンと鳴らして木魚の代わりにした。アーメン。

 中国での最後の夜は、こうして狂乱のディナーで幕を閉じたのであった。

【第8へと続く】


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