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中国旅行記「乙女通信」第6章第1節

 


 

幼児顔疑惑、再び

 今滞在している大理から昆明に移動するために、一行はホテルを出発し、大理空港へと向かった。早朝の朝雲を縫い、飛行機は40分のフライトの後、昆明空港に到着した。

 空港の荷物受取り所で、コンベヤーに載ったスーツケーツが次々と目の前を通り過ぎていくのを、私はぼんやりと眺めていた。
「日本の方ですか?」
 早朝の移動で眠気の覚めきっていない私の耳に、ツアーの先生方の声ではない、流暢な日本語が幻聴のごとく飛び込んできた。
 今の言葉は誰が言ったのだろう、と半ば閉じかけていたトロンとした目で周りを見回し、「なに?」と呟いた私の目に飛び込んできたのは、私のすぐ後ろに立っていた金髪の白人女性だった。その女性の頭の先から足の先まで何度も眺め回したが、明らかにその口から発せられるのは日本語以外のように思われた。さっきの声は幻聴のようだ、と私は振り向いた顔を元に戻そうとしたとき、その女性が口を開いた。
「こんにちは。あなた、日本の方ですよね。私、日本に程滞在したことがあるんですよ」
 ゆっくりとした丁寧な日本語だった。ありえないと思っていた人から発せられた日本語に、私は驚き、目を丸くした。
 私を完全に見下ろすくらいの大柄な身体をした彼女は、目を丸くした私を見て、豪快に笑った。その拍子に、彼女の後頭部でポニーテールとして無造作にまとめられた金髪のロングヘアーが揺れた。彼女の南国模様のノースリーブからは筋肉質の逞しい薄ピンク色の二本の腕が覗いていた。
 背の高い彼女を見上げるようにして、私は彼女に日本語で話し掛けた。
「私は日本人です。あなたはどこの国の方ですか?」
「オランダです」
 我が一行のスーツケースは、まだコンベヤーに載ってきてはいないようだ。時折、注意深くコンンベヤーに目を走らせながら、私は彼女との会話を楽しんだ。
 彼女は3年間日本に滞在したことがあるそうだ。彼女の流暢な日本語と、標準語とも言えるその綺麗な発音は、彼女がいかに真摯に日本語に取り組み学んだかが伺える。

 ほとんど言葉に詰まることなく日本語で話を進める彼女を見て、私は深い感慨に包まれていた。彼女の素晴らしい日本語会話。それは、日本人が中学校から数年も重点的に英語を学んでいるにもかかわらず、英語による国際交流のコミュニケーションの場において、その英語力を全然発揮出来ないこととは対照的である。
 私ももちろんそうだが、典型的日本人には、自ら進んで異なった言語で外国人と会話するという、自らのコミュニケーション能力を試すという積極性が欠けているようだ。
 人間は、自ら彼ら異国人に話かけることで、うまく会話出来、そして意思の疎通が可能になればこの上なく楽しく異国間の交流を楽しむことができる。
 しかし、それを成し遂げることの反面には、あるリスクが秘められている。それは、自分の苦手とする言語で相手と会話している際、自分が単語・発音あるいは文法を間違えた場合に、その言語を知っている相手に、「今、言葉を間違えたんじゃない?」と思われてしまうのではないか、と危惧するリスクである。その危惧は、劣等感や羞恥心、さらには恐怖心などに徹底的に裏打ちされ、「それよりは何も話さないほうがいい」と、外国語でコミュニケーションをとることに、何かしらの心理的抑制・圧迫が働いてしまうという、日本人の内向性や消極性を露呈してしまう結果となる。
 そのリスクをリスクと考えずにコミュニケーションを図る外国人と、リスクを重大視してそれにとらわれてその内に没してしまう日本人。

 日本人が異言語を苦手とする背景的理由として、島国という地理的要因と、江戸時代の鎖国政策の歴史的要因とが相まって、日本人と異言語との係わり合いを疎くし、それが外国人を排斥する島国根性を生み出したことに起因する、とはよく言われる。
 ただ、国際空港もでき、飛行機の国際線も多い現代では、地理的要因は完全に失われているし、貿易大国の日本には鎖国政策の名残を見受けることも無い以上、異言語に対して苦手意識を持つことは根絶されるはずである。
 そうは頭では理解できるとしても、しかし、いざ英語の理解出来る外国人を目の前にして、「SVOCだから……次に言わないといけないのは形容詞か名詞だな」とか、「子音だから発音に気をつけないと」や、「前置詞はこの場合、at? もしくはon?」などと、"間違えてはイケナイ"と書かれたプラカードを大きく掲げながら、頭に詰め込められてひしめき合っている文法書を必死に紐解き、ペラペラとめくっている哀しき現状がここにある。これではいつまで経ってもコミュニケーションが取れるはずも無い。

 思い起こすと、以前、私は、親戚の米国人と英語で会話していて、「今の発音、RじゃなくてLだよ」と指摘されたことがある。指摘後、その米国人は延々と3時間RとLの発音の違いを私にレクチャーしてくれた。「エ~ル! ア~ル! エ~ル! ア~ル!」と、鳴り続けて止まない鈴虫のように連呼させられ、その声が夜の空に孤独に響いていたのを覚えている。一生懸命に発音練習したために、舌が筋肉痛になるという名誉の負傷をしたものの、私の中では未だにLとRの違いは皆目不透明である。
 嘆かわしい現状に自らを呆れるばかりだ。

 この点、外国人は、日本人と交流する際、日本語の「て・に・を・は」などの助詞や用言の活用を間違えてたとしても、有り余るほどの沢山の自分の意思を日本人の相手に伝えることが出来る。
 「ワタシ、ニホンゴ、ワッカリマセーン」でも、「拙者、日本語知らずに候」でも、自分の意思は充分に相手に伝わっているのである。意思さえ伝えられれば、カタコトでもいいではないか。それがコミュニケーションなのだから。

 目を輝かせて日本語で一生懸命コミュニケーションをとろうとしている果敢な外国人女性を目の前にして、私は、積極性において、自分と彼女との大いなる差異を思った。私が臆病な日本人であることに改めて認識し、恥ずかしさを覚えた。
 そして、意を決して、消極的な日本人から脱却すべく、いざ彼女の母国語で話し掛けることにした。話し掛けるためには、彼女の母国語を知らなくてはならない。
 そうだ、彼女はオランダ人だ。―――オランダ語? オランダ語って、えーと……。オランダ語って何? オランダ、オランダ……。
 脳に収められた言語の本棚を必死に漁ったものの、ランドセルとドロップなどの日本語化した切れ端程度のオランダ語しか出て来ないという哀れな結果に陥ってしまった。私には、国際化の壁はまだまだ遠いようである。
 
 世間話に花を咲かせていると、彼女はふと思いついたように、私の後ろでお喋りに余念のない我がツアーの先生たちを指し、私と比べて見て、
「あなた、とても若いですね。何歳ですか?」
 と聞いてきた。私は、ニヤリと笑って、すかさず、
「私は何歳だと思いますか?」
 と彼女に逆に質問した。
 今回の旅において、私の年齢を尋ねてきたのは20人以上である。熟男熟女の旅の中に、明らかに若すぎる異質な人間が混じっているのはなぜなのか、と疑問に思うためなのか、それともただ単純に私の年齢を聞いてみたいという衝動に駆られるのか、理由は分からないが、人は私の年齢が気になるらしい。そして、その質問の回答として、自分の年齢を19歳と告げると、皆その年齢に感嘆の声を上げるのである。一体、私を何歳だと思っているのかが知りたくなった私は、年齢を質問されると、逆に相手に私の年齢を予想してもらうことにしていた。
 質問された彼女は、考える素振りも見せず高らかに即答した。
「14歳? 15歳にはまだなりませんよね。中学生ですか? まさか小学生ではないですよね」
 自分がある程度若く見られるであろうという予想はしていたものの、数ヵ月後に成人式を迎える私が、外見的に小学生の可能性を秘めているとは思ってはいなかった。客観的にいつまでも若く見られたいと思う女性心理は、普通、まさか小学生の年齢に届くまで若く見られたいとは思わないはずである。
 いつまでも若く見られたい、けども! けども!

 複雑な乙女心は、彼女の答えを迷わず訂正させた。
 成人式に着物を着た私が、十三祝いと間違えられそうな可能性は、夢幻ではなく、現実的にかなり高いかもしれない。
 二十歳になったら、飲酒して警察に補導されないように気をつけよう、という侘しい抱負を自らに言い聞かせながら、彼女との世間話に更なる花を咲かせていた。


登竜門へ行く

 空港を出たバスは、一路、西山森林公園へと向かった。
 龍門へ行くらしい。

 龍門。
 一匹の鯉が、龍門の滝を登り、一匹の龍となった―――。
 言い伝えは、現代にも生きている。この龍門は、出世開運の縁起物として、"登竜門"の語源となっているのだ。

 「あの"登竜門"の龍門だって。スゴイねぇ」と喜び湧く先生方を見て、私は、「鯉が滝を登って龍に変身するなんて、もしや、広島カープの選手が龍門に行くと、中日ドラゴンズへの入団が決まるとか。なんちって」と、プロ野球好きを発揮した思考で、見当違いな答えを勝手に導き出していた。

 駐車場に到着し、バスを降りた一行は、龍門へと向かう専用の送迎バスに乗り込んだ。バスは、機関車の形をしていて、車体先端に人間の顔のようなオブジェがついている。いわゆる機関車トーマスの実写版である。バスに乗り込んで座席に座った私は、森本レオの切ない声のナレーションを聞こうと耳を澄ませたが、耳に入ってくるのは、乗客の小鳥のさえずりのようなお喋りの声だった。

 到着したバスから降りると、いざ、龍門へ。
 龍門へ登るだけで鯉が龍へと突然変異するとは、クローン羊のドリーちゃんもビックリである。どれほど凄い遺伝子パワーが働いたのかは知らないが、とにかく、龍門は、とてつもないパワーの要る道程であり、至極大変なのであろう。ということは、上流を目指して河を上り、産卵という偉業を達成する鮭は、龍とはいかなくてもせめてツチノコくらいには変化しても良さそうである。やはり鯉から龍になるとは、さすが龍門パワーは凄い。
 呑気に感嘆しながら、怒涛の龍門への階段を一歩踏み出す。

狭き一方通行の道に作られた階段の隙間から外へ首を覗かせると、見えるのは遠き地表、まさに絶景。「そりゃ鯉も龍になるさ!」と逆ギレしそうなくらい、混雑と狭き道は通行人の行く手を限りなく阻む。「とんでもとらべる」さまより借用。

 物売りや観光客でごった返す中、龍門へと登る。
 龍門へは断崖を掘削して造られた、細い階段だった。人が一人通れる小さな隙間の道を、行き交う人は苦心して進む。互いの間を縫うように、そして、踏み外すと大惨事になりかねない急な階段を這うようにして、慎重に上り下りをしなければならない。登る人と降りる人は容易にすれ違うことはできず、互いに一方が譲り合わなければ、その道を行き交うことができないという、人の思いやり精神の度合いを図れる場だった。
 「登竜門だけに狭き門よね……」
 息も絶え絶え、注意深くに一段一段踏みしめるように登る。洞窟の中に強引に作られたと思われるような狭い階段は、頭を上げて進むことも至難だった。常に、こうべを垂れて、謙虚な面持ちで進まなければならない。小柄な典型的なアジア人でさえ、肩身を狭く背中を丸めて登るのであるから、大柄な西洋人では、階段の途中で身体を引っかけて上れないのではあるまいか。狭き道に四苦八苦して登りながら、「こんなことなら、エスパー伊藤に弟子入りしておくんだった!」と後悔し切りである。
 鯉から龍のように飛翔すべく、人は龍門へと目指す。

 それは気の緩みだったのか。
 踏み込んだ足元に、あると思っていた階段がなかった。爪先は石段の端をかすり、そのまま足は空中をさ迷った。すると、もう一方の足がバランスを崩し、私の身体は大きく不安定に揺れた。その拍子に、背中に一気に重心が集まる。危ない! 後ろに倒れる! と恐怖で全身が凍りつきそうになった瞬間、手を大きく前に振り、辛うじて前に倒れ込む。膝に階段の角がきつく食い込んだ。ひどく痛んだが、歯を食いしばるようにして、何とか立ち上がる。その途端、洞窟の天井に勢いよく頭をぶつけた。声にならない痛みが全身を貫き、私は頭を抱えてしゃがみ込もうとした。壁に軽くもたれながら腰を屈めようとした時、そこに壁は無かった。洞窟の壁をくり抜いた天然の窓に、私の上半身は乗り出す体勢で引っかかった。手を伸ばせば空中、視界一杯の眼下は遥か彼方の遠い地面。目眩がするほどに眼前に広がった光景に、心臓が冷え、一気に血の気が引いていくのが分かる。墜落の恐怖を覚え、助けを呼ぼうと思ったが、震えて歯がカチカチとなり噛み合わず、言葉にならない。口中はカラカラに乾き、声にはならない。やがて、足の感覚が無くなり、上半身に体重が集まってきた。ズリズリ、と音を立てて足がゆっくりと地面の階段から持ち上がり、宙を踏む。

 ついに我、大空を舞わん。
 見よ、この雄姿を。 

 落ちる! と震撼し息を止めて目を閉じた瞬間、背中を大きく引っ張られた。助かった、と思った瞬間、ガンガン、と何度も洞窟の天井に頭をぶつけ、私は苦痛に顔を歪めた。
 「外を見るのはここからじゃダメだよ。龍門に着いてからじゃないと。混んでるし」
 我がおばさんだった。命の恩人だよ……と私は半ば泣きそうになっていた。タオルで汗を拭う振りして、込み上げた涙を拭いた。

 それにしても、階段を踏み外し、天井に頭をぶつけた拍子に上体を窓から外に乗り出して、あわや墜落だなんて、まるでコントである。命拾いをした、と自らの存命を感謝して、自分が落ちかけた窓を見ると、そこは紛れも無く、人が落ちかけるようなスペースは無かった。なぜ自分は落ちかけたのだろう、とまだ墜落の恐怖で震え冷めやらぬ足で慎重に洞窟をくり抜いた窓に寄ると、窓には格子が付けられていた。その僅かな間からどうやって上体を出したのだろう、と不思議になるばかりである。グリグリと頭を押し込ませるようにしてなら、外に顔を出せそうな程度である。
 気の緩みで落ちかけたというよりは、気の緩みで頭を乗り出しただけで落ちかけたと思い込んだようだ。どこまでお騒がせなのだろう、と自分自身の勘違いのひどさに驚愕した。よく考えてみると、これは、高所恐怖症の人が、高所の視野を見るだけで戦慄するのと同じ感覚なのだろうか、と思った。
 恐る恐る、窓のような岩盤の隙間から再び外を覗くと、全身がそそけ立つような感覚に襲われ、ふっと目の前が真っ暗になるような気がした。高まる鼓動を静めるかのように、私は深呼吸した。じりじりと後ずさりして、壁から目を離し、階段を上ることに集中することにした。
 岩窓から僅かに見える視野が怖い。蒼い空が近かった。


龍門に願う

 四苦八苦して腕や背中などの肌を触れ合う至近距離で、龍門から降りる人たちとすれ違いながら、長々と続く細い階段を上り、一行は龍門に辿り着いた。
 龍門は、石造りでできた門で、門の入り口には鮮やかな色合いで「龍門石窟」と彫り込まれていた。

龍門石窟。"龍門"という文字が見て取れる。我は登竜門に登ったナリ! と叫びたくなるものの、そもそも、登ったことを誰からも評価されなかったら、登り損である。登竜門に登った意味は、これからの自分の奮起と行動にある。

 龍門。"登竜門"の語源になった場所ということを考えただけで、私は夢見る少女となり、「登竜門の龍門に来れるなんて感激だ。龍門を触れば出世できるかなぁ。長生きできますように! 背が伸びますように!」と、明らかに出世とは無関係のお願い事を胸の内に次々と浮上するままに唱え続けながら、その「龍門石窟」と書かれた文字を一心に撫ぜ回していた。
 手が赤くなるまで撫ぜ回した頃、そこが立身出世の"登竜門"であることをやっと思い出し、今度は打って変わって出世に関するお願いを始めた。
「我が家で飼っている猫ちゃんが、出世してダックスフントになりますように」
「我が家の池の鯉たちが、出世して魚のブリになりますように。出世魚だけに」
 出世という意味を取り違えている願い事を多々含む中、私は必死にお願い事を色々と龍門に託した。
 そもそも立身出世は、本人の努力あってこそである。龍門に登ったとしても、登った後に願い事の成就に結びつくように自ら努力しなければならない。龍門に登ったから立身出世する、という他力本願なものは必要ない。ただ、努力する決意への自己暗示の起爆剤としての役割は大きい。
 必死に努力した結果、願い事の成就した場合、友人などに「そーいや"登竜門"の語源の龍門に昇ったんだよね。龍門にお願いしたから成就したのかな」と満面の笑みでサラッと言えるようになれば、聞いている友人も思わず瞠目して、その人に魅了されるであろう。その人の内心では「龍門なんかが願い事の成就に関係あるかい! 自分の努力じゃこのボケ!」と悪態をつついていたとしても、願い事が成就した以上、全てはオーケーなのである。

 私はうっとりとしながら龍門の石文字を眺めていたが、背中を押され、ハッと我に返り、龍門付近を見回した。龍門を登った観光客でごった返す満員電車のような混雑。その中、込み合う人の間で大声で中国語の怒号が飛び交わせて物品販売をする商売根性そのもののような数人のオバチャンたちがいた。彼らは必死に自己の生活を支えるために、諦念と悲哀のもと、常時この龍門の前で物品販売をしているであろう。出世とは無縁そうな彼らが龍門で常時商売しているという事実は、龍門でなされる立身出世の願掛けの信憑性は薄いように思われる。よく考えると、龍門は神々しさよりも世俗的な場所であった。


両手一杯の視野

 龍門付近には、小さなスペースがあり、そこで景色を眺望することができた。

龍門からの地上への展望。スカイダイビングもできそうなくらい、遥か遠くの地表。一度でいいから、空と大地の融和したこの雄大な空間を、タケコプターをつけて天女のように舞ってみたい。

 龍門付近にある昆明市区を一望できる小さな展望スペースで、景色を眺望する。
 目の前に広がるは、パノラマ大スクリーンそのもの。幻のように遠い地表をぼんやりと見ていると、思考は静かに停止し、眼は景色を映す鏡へと化してしまう。眼前に広がる景色の目に映るもの全てを胸の内の感慨の器に湛える。
 景色を見ていると、様々な記憶が日めくりカレンダーのように脳裏を横切っていくような気がした。横切った記憶は、想いの凝縮した雫となり、胸の感慨の器に滴り落ちていく。器の中で満たされた想いの雫は、器に一杯に溜まると、外に溢れ出す。その瞬間、胸が色々な想いで一杯になり、私は思わず泣きそうになった。
 美しく素晴らしい景色であるのに、物悲しさに全身を包まれ、涙を落としそうになるこの不思議さ。無意識に目の端の涙を拭うと、やっと思考が活動を始める。

 ―――人はどうして景色を展望することが好きなのであろう。展望スペース、観覧車、タワー、山の頂上など、世間には景色を眺める場所が多くある。単に景色を見たいだけ、あるいは、小さな家や人を見るのが好き、または、電灯で彩られた夜景が星空のように綺麗だから、等など景色を眺める理由は人それぞれであろう。

 周りを一望したい、全体を見回したいという欲求。それは、人が潜在的に持つ支配欲に基づくように思えてならない。普段は見上げるだけで掌握できない光景が、目の前で簡単に一望できる景色となり、その景色に全ての事物が包含され、存在するという事実。
  普段は呆然と見上げるだけの大きなビルが指でつまめる大きさになり、行き交う小さな人と車は、ミニチュアの生き物のように実に可愛らしく動く。大きくなったウルトラマンの視野はかくもあろうかと感動のため息を漏らす。人間が作った物が全体の中ではいかに小さな事物であるかを実感する。

 両手を大きく広げると、眼前の視野を全て自分の腕で抱き締めることができるような気がしてくる。抱き締めた景色は全て自分のもの。展望する幸せ。自分だけの景色。自らその景色を一望することでそれを支配した気分となり、満たされるのではないか。

 何度でも景色を見たい。
 自分だけの景色を見たい。
 景色を見ることで何かを思い出したい。
 色々な思いを胸に、人は景色を見る高い場所へと登る。

 広大な景色を目を細めて静かにじっと見つめ、脳裏に何度もなぞるように刻み込む。そうしてしばらく展望スペースで佇んでいると、「もと来た道を戻るよ」と我がおばさんに促された。
 どうやら、人ごみの多さゆえ、龍門より先に進むことができないらしいのだ。龍門の先に色々と歴史的建造物があるらしいが、この人込みでは容易に動くこともできないために、建造物の鑑賞どころではないようなのだ。回れ右をしようとしたが、満員電車並みの混雑で、思うように戻ることもできない。
 しばらく試行錯誤をして下り道に向かい、ようやく崖をくりぬいた階段へと辿り着く。登りよりも更に慎重に、階段を降りねばならない。狭くて急で、窓から漏れる光のみのほとんど真っ暗な階段。そろりそろりと足を動かして、ゆっくりと降りる。

 前方から龍門へと向かう階段を登る人と何度もすれ違った。肌の触れ合う距離ですれ違ったとき、その人の息切れした悲鳴にも似た苦痛な吐息が何度も耳元で響いた。

【第6章 第2節へと続く】


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