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中国旅行記「乙女通信」第5章第4節

 


 

ついに有名人?!

「あー、うー」
 湖面とそれに続く景色をぼんやりと眺めていると、小学生の女の子が私に話かけてきた。私の目を見て、何やら口をもごもごと動かしている。私に何かを告げたいが、それ以上の言葉が続かない、という感じだ。もごもご動かす口もしばらくすると閉じてしまい、女の子は黙り込んでしまった。女の子は眉間に軽く皺を寄せ、困ったような顔つきをして、私をじっと見つめている。何と声をかけたらよいか、言葉の壁に悩んでいるようだ。
「Pardon me?」
 困った表情を浮かべる女の子に、私はカッコよく英語で決めてみた。中国語で返事が来たら私は返事に困るだろうが、何とかなる、と直感的に思った。女の子の真剣な眼差しを見て、なぜかそう確信した。
 すると、その小学生の女の子は、たどたどしく、
「May I take your picture?」
 と、はにかみながら聞いてきたのである。これには驚いてしまった。私のように滑舌の悪い抑揚ナシの棒読み英語とは大違いである。女の子の英語は、アクセントも抑揚もついた上手なものだった。中国では英語教育は小学生から取り組んでいるのだろうか。
 女の子は、自分の首に下がったカメラの持ち上げて見せながら、ニッコリと笑った。
 なんと、なんと。私をモデルにしての写真撮影?

 いやぁ、まぁ、そんな。私がいくら可愛いからって、写真撮影会だなんて、恥ずかしいわ。私には撮影会よりも独演会のほうが肌に合ってるの。流行のヒット曲よりも、80年代ナツメロ向きなのよ。でも、どうしても写させてください、と言うなら、一枚とは言わず、フィルムが無くなるまで写してもいいわよ。

 勘違いを大いに含みつつ、私が「OK!」と笑顔で答えると、女の子はさっと振り向いて、周りにいた友達を数人呼び集めた。

 おや、まぁ。
 そこは私を囲んでのにわかに写真撮影会となった。女の子数人は私の周囲に群がり、何度もシャッターを素早く落としている。たまにきらめくフラッシュ。笑顔。笑顔。笑顔。
 目の前に並ぶいくつもの黒光りするカメラのファインダーをニッコリ笑って見つめていると、私は首を傾げたくなった。「お前は美人じゃないけど愛嬌はある」と高校時代の国語教師に指摘されたことのある自分の顔には、どうも愛嬌以外のものを見出せない。自分を美人ではないと自覚している私は、こんなにも女の子たちが狂喜乱舞になりながら私をカメラの被写体として選び撮影している理由が分からなかった。

 私はそんなに奇異な顔をしているだろうか。ヒマワリの種がホクロのごとく、ちあきなおみ風情でついているのだろうか。ちあきなおみでなければ、寅さんか、千昌夫か。ひょっとして、南野陽子か。意外なところで三宅裕司なのだろうか。それは大変だ!
 自分の顔に迫った危機を想像して慌てふためいた私は、急いで手鏡を鞄から取り出して顔を確認したものの、そこには何も変わったところはなかった。では、私が日常的に見ているこの顔が、女の子たちの心に引っかかるものがあるのだろうか。私の持つ"いかにもジャパニーズ顔"が珍妙なのであろうか。

 腑に落ちないものを感じながらも、しばらく私はニヤニヤ笑いながら女の子たちのカメラ写真の被写体になっていたが、一人で意味無くカメラに笑いかけるのは面白くないと思い直し、ツアーメンバーの先生方を何人か呼び集めて、私と一緒にカメラに写ってもらうことにした。その際、私を写してくれた女の子たちの肩を抱きとめ、一緒に撮影することも忘れなかった。
 女の子の肩を右手に抱き、左手で先生の肩を抱く。
 時ならぬ日中合同撮影会となった。

 世界は一つだよ、うんうん。

 国の垣根をあっさりと越えて、気さくに交流を求める中国の子どもたち。ほとんど言葉は通じなくても、中国語とジェスチャーを織り交ぜて一生懸命話しかけてくれる女の子たちを見て、とても嬉しくなった。こんなに小さな女の子たちの心の内に、既にグローバリズムが根付いているのを知り、私の胸は一杯だった。

日中合同撮影会。右側の2人が先生、左側の3人が子どもたち、中央の態度も背もデカイ赤い服の人物が私。念のため、人形でプライバシー保護をしてます。
旅における不思議な出会い。それが、旅の醍醐味。


ジャニーズ系チャイニーズ

 時の経つのを忘れながら、目の前を過ぎ行くわずかに波立つ湖面を言葉無く眺めていると、ツアーメンバーの先生に呼ばれた。船内に戻らなければいけないらしい。
 船の中に入ると、全身をすっと寒気が走った。思わず頬を触る。頬の表面が湿り気を帯び、ひんやりと冷えていた。どうやら、デッキの上は湖面を流れる風の通り道らしい。そこにいると、絶えず風に吹かれることになり、人は体温を維持できず、その結果身体が冷えてしまうようだ。
 ストッキング族を見習いたい気分だった。風邪を引かないためにも、さきほどの子どものうちの誰かからストッキングを借りてこようか。あらぬ考えを首を振って慌てて否定する。

 船内に設けられた客室の一つが、小さなライブハウスになっていた。ライブハウスと言うと聞こえは言いが、赤と金を多用した豪華絢爛のステージ内装は、ライブハウスにしては明らかに別の方向に向かっていた。金閣寺とも首里城とも思えてしまうくらいの派手さなのに、装飾部分の金色部分は、金箔ではなく金色の折り紙のように思えてしまうのは、どうしてもそれにチープさを感じてしまうからであろうか。
 色鮮やかなステージの横には、黒々とした音響機器が蟻の大行列のように一列に並んでいた。モノマネショーやかくし芸の審査員席のような配置場所に細々と並べられたアンプ類や、ミキシングマシン。舞台上に置かれる機器はもちろんのこと、普通なら舞台裏にも配置される機器も全て、客席から丸見えの場所に鎮座ましましているという、何ともユニークな舞台設備である。ステージのきらびやかさよりも、黒々した機器が印象的だった。
 息むせ返るほどの立ち見客に溢れかえる中、私は先生と連れ立って、一番前の特等席のような場所に案内されて、着席した。目の前の空間が即ステージという、至福の豪華さである。
 席に着くと、人々のざわめきが少しずつ萎むように小さくなった。
 これからどんなショーが私の心を満たしてくれるのか。期待に胸は高鳴る。

 突然、激しい民族音楽が部屋中を充満した。白族ショーの始まりである。
 舞台袖から羽ばたくように現れたのは、カラフルな民族衣装を身に着けた数人の男性陣、女性陣である。次々と息の合った、優雅で軽やかな舞いを披露する。
 観客たちは、目の前で繰り広げられる圧倒的なダンスに見惚れるだけである。音楽がかかるとノリ良く踊る沖縄人の私ですら、彼らの大ぶりなダンスに、さすがに混ざって一緒に踊ろうとは思う気にはなれなかった。踊ったところで、営業妨害として外につまみ出されるに決まっているのだが。

 それにしても、男性陣が激しいダンスにもかかわらず、ステージ用の光沢のある笑顔を見せているのには恐れ入る。油で炒ったウィンナーソーセージのようにテラテラと光らせた顔面には、絶えることの無い満面の笑みが浮かんでいる。その完璧な笑顔に、ふと「ジャニーズ系?」と呟きたくなるのも分かるというものである。
 ヤングの軽やかさよりも、年代を感じてしまう軽やかな彼らの見応えあるダンスと歌に、「ギャランドゥ!」と時代錯誤の合いの手を入れて叫びたくなる自分がそこにいた。


人生のお茶

 呆然とダンスと歌に見入っていると、気付けばいつの間にか曲は終わっていた。次は何が始まるのだろう、と部屋の中を見回していると、民族衣装を着た女性が客の前に立ち、茶碗を持ちそれを額まで静かに掲げて、客前に捧げるように置いていた。一人一人の客にお茶と茶菓子を配っているようだ。
 目の前に置かれたお茶を、感謝の思いとともにゆっくりと味わう。
 深い香りのあるとても苦いお茶だった。自らの味覚を疑うような、驚くほどの苦さを誇ったお茶である。なぜこんなものをお客に飲ませるのであろう。一体どうなっとるんじゃ、このショーは、と一般客なら怒りそうになるほどに苦いお茶を、渋茶大好き人間の私は、微笑んでそれを飲み干した。その苦さが心地良く喉に響いて、とてもおいしい。
 お茶を飲み干すと、それを待っていたかのように再び音楽が鳴り響き、歌とダンスが始まった。しばらく鑑賞していると、また曲が終了した。
 次に運ばれてきたのは、甘いお茶だった。クルミ、羊の乳(チーズ)、黒砂糖が入ったそれは、ロイヤルミルクティーの味わいだった。甘い物は別腹、という甘い物の好きな女の子の特性を反映してか、そのお茶の凝縮した甘さを一気に味わいたくてガバっと飲み干したくなった。少量しか入ってない中身を考え、ワインのテイスティングのように、少しずつ口に含ませながら、しっとりと味わいつつ飲む。
 さらに曲が終了して運ばれてきたのは、さっぱりした甘さの、ピリッとした刺激のあるスパイシーなお茶だった。山椒、生姜、シナモン、蜂蜜などが入っているらしい。ピリ辛のお茶という、不思議な風味のお茶だった。

 3つのお茶を飲んだ後、お茶についての説明がなされた。
 これらのお茶は、「三道茶」といい、大理王国の宮廷の茶法だったものが、庶民に伝わり、雲南省の白族(ぺーぞく)の風習となったものであるという。お客様をもてなす時に出すらしい。
 そして、3つのお茶それぞれは、苦い、甘い、スパイシーという、人生の3段階を表しているという。
 一番最初の苦いお茶は、人生の厳しさや辛さを象徴する苦い味である。自分自身で自らの人生を切り開いていく苦しい発展途上の若い時代、青年期を表している。
 続いての甘いお茶は、人生の喜びを象徴する甘い味である。青年期で培った知識や技を土台にして人生を満喫する楽しい熟年期、といったところか。
 最後のスパイシーなお茶は、人生を振り返り、様々な出来事を思い出す、複雑な味である。今まで築いてきた人生を隅々まで存分に豊かにしていく、人生の酸いも甘いも知った時代。

 お茶で人生を現す。
 やはり、これも茶道、茶の道である。何とも透徹した人生観を持つ白族の茶道である。さすが孔子を生んだ中国の思想は、とても奥が深い。
 緑茶オンリーの日本の茶道が、飾りや奢りを捨てた、淡々とした中にも深みのある《わび》を重んじることと比較すると、クルミ、チーズ、黒砂糖、山椒、生姜、蜂蜜など、豊富な香味材料をその味わいの基礎とするこの白族の三道茶は、人生の豊かさを日本とは別角度から斬っているように思えてくる。文化の違い、カルチャーギャップである。
 「お茶にチーズ入れるなんて? 高コレステロールだ。ありえん!」と、千利休も万歳ポーズでビックリである。

 目でダンスに見惚れ、耳で音楽に聞き惚れ、鼻で茶の芳香を楽しみ、舌でそれぞれのお茶を堪能する。そして、手は観客を魅了した数々のパフォーマンスに対する惜しみない拍手となり、さらに、頭の中では白族の茶道に擬された己の人生の段階について想起するのだ。
 身体の各器官を使い、全神経をフル活用した素晴らしいショーではないか。
 さあ、堪能しよう。彼らの躍動と、ニッコリ笑顔の白い歯を。そして、歓喜の生命のほとばしりを。
 人生は素晴らしいものだってことを、このショーとお茶は教えてくれている。人生のお茶とともに、私はショーに酔いしれるのだ。ワンダフル! ブラボー! 私はありったけの最大級の賛辞をこのショーに捧げよう。

 私が怒涛のように押し寄せる深い感動に浸っているうちにショーは終了し、客はいつしか去っていた。客の全てが私のように感動したかどうか定かではないものの、ショーを執り行った彼らは、きっとショーをする喜びを人生の喜びに重ね合せて至福の思いに浸っているであろう。人を感動させるショーの成功の充足感を全身にひしと感じているはずである。
 嵐のように沸き起こる感動を伝えるべく、そう叫ぼうと立ち上がった私の目に飛び込んできたのは、黒光りする機器を部屋の隅に寄せ、後片づけに必死なショースタッフたちだった。


独りタイタニック

 ショーの後、私は一人、船の前部デッキに向かった。歩きながら、後頭部でポニーテールを作っていたゴムを外し、束ねられていた髪の毛を手でとかす。私の頭は、ポニーテールから、天然ウェーブのロングヘアになった。

 後部デッキでは、朱色の夕日が美しく湖面に映り、その自然の一瞬をカメラに収めようとしている船客で賑わっていた。一方、前部デッキは、日沈前の夕刻時、日陰のために肌寒く、訪れるものはなく、ひっそりともの寂しかった。デッキの端にいくつかプラスチック椅子が無造作に置かれていたが、誰も座っていなかった。あれほど賑やかだった小学生たちも、ここでは姿がない。
 私は、椅子に座り、雄大に背後へと流れていく風景を眺めていた。湖面を見ながら、時折、チラチラと周囲を見回す。何度目か見回した後、私は決心した。

 誰も、いない。

 よし、っと自分自身に合図をして、すくっと立ち上がった私は、風上になっているデッキの最端に向かった。その場所で、両手を左右に真っすぐに広げ、垂直になるように伸ばす。
 風で長袖の袖口がバサバサと音を立てる。とても強い風に、全身を吹き飛ばされそうになりながら、しっかりと踏ん張って立つ。広げた両手を風に持って行かれそうになりながらも、しっかりと力を込めて両手を伸ばした。

 頬を風が滑る。まるで生き物のように、ロングへアにした髪の中を風が自由自在に動き回る。長さはあるのに重力を感じさせない髪は、風と戯れて上空で旋回しているようだ。
 重低音の船のエンジン音と震動が、全身をゆるやかに浸透する。そのまま目を閉じると、次第に雑な思考が失われ、頭の中は無の世界になる。静かに研ぎ澄まされる耳の感覚。全ての感覚は耳のみとなる。聞こえてくるのは、耳元で唸る風、波の音だけ。風を受ける両手のことなど、もはや思考のうちには存在しない。

 胸の中を"何か"が込み上げる。それが、何らかの"想い"なのか、さきほど食べた"三道茶の茶菓子"なのかは分からないが、何かが内側からぐっと溢れ来るようだ。

 風に包まれる感触。
 頭先から足の爪先、髪の枝毛の先、皮膚細胞の一つ一つ、内臓疾患に至るまで、自分の全ては風とともに在る。風を全身で感じていると、船や車などの震動が母なる羊水の中と似ているということを、鳥肌が立つまでに実感する。羊水の風に包まれている自分は、あたかも自らが原始に戻り、さらにはカンブリア代に遡ってしまうような感覚さえ覚えてしまう。
 風の中で漂う私は、やがてタンポポの綿毛が次々と飛び立つかのように、全身を散らして原始の微粒子となり、風と融合していく。そして、私は風となる。
 私は風。風になりたい、とはThe Boomの歌であるが、まさに今の私は「風そのもの」である、と思った。
 
 しばらく風に身体を委ねてた後、静かに目を開けて正面を見据える。じっと遠い湖面の水平線に目を向けると、自然と脳裏にメロディが流れ出す。曲はもちろん、『タイタニック』のテーマ、セリーヌ・デュオンの“MY HEART WILL GO ON”。ディカプリオ扮する主人公ジャックはさておき、とにかく、今の私はヒロインのローズだ!
 強風警報も確実と思われるくらいの強風吹き荒れるデッキの上で、両手を広げた私の華奢な身体は、おびただしい湖風の帯に絡めて巻き取られ、今にも大空に舞い上がりそうだった。
 しかし、独りタイタニックに夢中な私にとっては、吹き飛ばされることも、風と一体になれるありがたい貴重な体験のように思えた。吹き飛んで宙に浮けば、まさにローズの台詞「ジャック! 私、空を飛んでるわ!」である。もはや、願ったり叶ったり状態。
 私にとってもはやここは中国・雲南省の湖ではなく、タイタニック号が航行した大西洋に他ならない。
 嗚呼、なんてロマンティックな空間だろう。波間に見える深い海の底。タイタニック号に乗った私は、今、極寒の海を見つめているのだ。氷山に衝突しては元も子もないから、ただ、この湖に氷の塊が浮いていないことを願うばかり。

 自分自身に「私はローズよ……」と言い聞かせていると、
 「どうしたの?」と声がした。
 ハッと後ろを振り向くと、私のすぐ後ろに、驚いたように目を大きく開けたガイドの範さんが、不思議そうな表情を浮かべてに立っていた。
 見……た……な……。
 思わず、水木しげるのアニメに出てくる妖怪のような声を出してしまいそうになる。広げていた両腕を慌てて下ろす。
「範さん……いつからそこにいらしたんですか?」
 私は少し焦りながら範さんに尋ねた。一人でタイタニックをしているという、他人に自分の醜態を見られたことに、穴があれば入りたい気分だった。
「ついさっきです。涼んでいたんですか」と、範さんはニッコリ微笑んだ。
「え? あの……、えーっと……」
 適当に言い繕ってごまかそうとと思ったが、範さんの笑顔を見ていると、隠さなくて本当のことを言っても、恥ずかしくない、と直感的に思った。ここは一つ挑戦。
 私は少し照れながら、ニヤリと笑って答えた。
「ここ、船のデッキの端ですよね。ここでこうやって両手を伸ばすと……今ホットな映画のワンシーンになります」
 範さんは目を輝かせて、嬉しそうに手を打った。
「えーと、"タイタニック"!」
「正解!」
 二人は声を上げて笑った。
「今回はディカプリオがいないので、"独りタイタニック"ですけど」
 私がタイタニックポーズを見せると、範さんは笑い転げた。
「面白い! 私もしよう!」
 かくして、デッキに横に並んで立った女の子2人が、水平線を見つめながら両手を広げて、各自"独りタイタニック"をするという摩訶不思議な光景がそこに誕生した。

 両手を広げながら横に立つ範さんを見る。風によって優美に巻き上げられるストレートロングヘアーを風の動くままに任せながら、目を細め、優しい笑顔で湖面を見つめる範さんは、とても美しかった。


タニシを食する

 下船後、大理城内に戻り、夕食となった。
 ごくごく普通の夕食だと思っていると、皿に山のように載せられた巨大かたつむりが運ばれてきて、驚愕した。おばさんに食用タニシだと教えられ、少しだけ安心。
 かたつむりとタニシの違いは分からないが、おいしいに違いない。

手前にあるのがタニシ。桂林タニシ。カタツムリの山である。
全ての料理をフレームに収めることのできない私の写真技術の悪さが際立っている。

 ちなみに、かたつむりはマイマイ科の巻き貝であり、タニシは、タニシ科の淡水産の巻き貝であるとのこと。やはりイマイチ違いが分からない。

 とにかく食べてみよう。
 意を決してうずら卵大のタニシを一つ箸で慎重に掴み、自分の取り皿へと運ぶ。タニシは殻ごと豪快にガリガリとかじって食べるのではなく、サザエのつぼ焼きのように、中身を取り出して食べるようだ。
 丁寧に殻の中からタニシの残骸を取り出し、恐る恐る口に入れる。意外においしい。淡水のタニシであるのに、海水を含んだかのように、この口中に広がる磯の香りは何だろう。目隠しをして「これはサザエです」と言われて食べた場合、信じてしまうに違いない。
 タニシは、味噌や醤油、オイスターソース、コチュジャン、唐辛子(トウバンジャン)などで味付けされて、炒め煮にされているような味だった。
 こんなに美味しいタニシを、日本では食用にはしていないらしい。聞くところによると、昔、食用にタニシを輸入したものの、日本人の口に合わなかったらしく、食用は中止したらしい。その食べられずに済んだタニシたちは、日本の水田で稲を食べてしまい、害虫というレッテルを張られてしまった。食用から害虫へ、人間の安易な行為がいかに愚かなものであるか、嘆かずにはいられない。

 タニシを食べていて、ふと、昔、私の通っていた小学校の裏庭の池に沢山いたタニシ群団を思い出した。びっしりと池の側面に張り付いたタニシ。棒でつつくと、すうっと池の側面から剥がれ、緑色の藻の中に消えていったタニシ。彼らも必死に生き延びていたのであろうか。
 人間以外の、人間の食用として食物連鎖の下位に位置する宿命を背負っている生物たちは、人間に食されながらも子孫を残し死に絶える。これはタニシに限ったことではない。
 昔見たテレビのCMを思い出した。最初のカットでは、沢山の牛とそれらと戯れる人間の親子がいて、次のカットでは、山積された赤味の薄切り肉を見ながら先程の親子が「とってもおいしい○○肉」とニッコリ笑って言う、というものであった。
 私は、それを見た瞬間、首を傾げずにはいられなかった。

 ペットとしての牛や鳥、食べ物としての牛や鳥。競走馬としての馬、食べ物としての馬。観賞用の魚、食べ物としての魚。

 それらの動物に生物学上の違いは余りない。人間にとって美味しいもの、あるいは美味しくないもの、という価値観によって、両者を峻別する。しかし、食物連鎖の頂点にいる人間は、その違いを巧く使い分けて食したり、食しなかったりするのだろう。
 私の友人は、動物園に行った際に牛馬や鳥、魚を見ると、「なんておいしそうなんだろう」と涎を落としそうになると言っていた。このように、その違いに境界線を設けずに一貫させることもできる人もいるのだ。
 私はそのように思うことは出来ないが、タンパク質を摂取するために肉を食べる。しかし、ベジタリアンの食生活は、このような動物の観賞用と食用との感覚的違いにも起因するのではないか。宗教関係者が「ある種の肉は食せない」と言うのにも似ている。だがそれも、文化の一つなのだろう。
 以前、食料源として犬を食べる中国人に対して、欧米人からの非難が殺到したことがあったが、それは、犬をペットとしてしか買わない欧米人には犬を食べる文化がないだけであって、中国人には犬は美味しいものであったはずだ。
 とにかく、何を食べて良いか否かは、個人の純な感覚とその個人を取り巻く文化が大きく影響することは間違いないだろう。文化というものは、時代も場所も価値基準も異なるところに形成されるものだから。

 スッポンは鍋で煮るが、緑亀はペットとして飼う文化。クジラを貴重なタンパク食料源とする地域、クジラを食べない捕鯨反対国。 調味料に牛成分が含まれているだけでその調味料を使った食べ物を食べられない宗教文化。豚であれば骨まで食べる豚肉文化の沖縄。

 文化は万華鏡のごとし。万華鏡を覗き込むと見える模様は、それを微妙に回すことで変化する。ある事物をとっても、別角度の文化から見ると、事物の姿はまた違ったものとなる。
 世界は万華鏡のごとし。万華鏡を回せば別の模様が見える以上、その模様を否定することはできない。その模様が間違っているなど、誰が決めれよう。色々な価値観の混在する世界。全ての模様は尊重され、全ての価値観は尊重される。

  タニシ一つを食べるのにすっかり感慨深くなっていた私が我に返って周囲を見ると、食事は既に冷えていた。食卓を囲む先生方は、食後のビールの吟味に余念がなかった。

 日の明るい夕食後、大理城内を散策した。
 岡山の倉敷に似た、風情溢れる城下町という感じだ。所々にある石畳の小さな反り橋のそばには、数本の枝垂れ柳が情緒深く立っている。風情とはかく言うものかと考えさせられる。日本の源流を感じずにはいられない。

大理城内。しだれ柳に情趣を感じる。白テントや赤いパラソルの屋台も、景観を損ねるどころか、城下町風情にマッチしているように思える。時がゆるやかに静かに溶ける。

 テント張りの路上販売が乱立していた。木魚や読経の本、半鐘などの仏教グッズが売られていた。並べられた多種多様の木魚は、まさに圧巻である。
 私は、ウインドウショッピングで服を手にとって見る客のごとく、あらゆる木魚の前に立ち止まってはポクポクと叩き回った。形も違えば音も違う木魚の虹色の音色に胸キュンとなっていると、前方に強い視線を感じた。
 私のことを商品を叩きまくる営業妨害の不審人物と思ったらしく、売り主の中年男性はランランとした険しい目を私に向けた。私ははたと木魚を叩く手を止めて、しずしずとその場を離れた。
 脳裏には、数珠のように並べられた沢山の木魚が、深海を泳ぐ魚群になっていた。

 いつか、木魚で木琴を作れたら、いいな。

 作ったところで何にもならない、素朴な欲求が、ふと湧いた。

【第6章 第1節へと続く】


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