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中国旅行記「乙女通信」第4章第3節

 


 

初めてのヒッチハイク

 身動きの出来ないバスを前に、誰も何もすることもなく、人は佇むばかり。
 エンジンのかからないためにクーラーなどの空調機器の動かないバスは使えない! とばかりに、乗客は皆、暑いバスの車内から逃げ出すように、外に飛び出していた。路上に座り込む者、おしゃべりに余念の無い者、道端で横になって眠り込む者、様々だった。
 私は何をしようかと考え、何気なくバスの方向へ振り向くと、バスの車体を日除けにするようにして、縮こまるようにして話し合っている集団が目に入った。ツアーコンダクターのMさん、現地ガイド、運転手、先生方の数人が、非常に真剣な面持ちで、今後の動向について検討していた。
 それもそうであろう、目的地まで20キロ余を残して、路上に佇むだけの身動きできないこのトラブルそのものの状態では、現在、今後のツアー予定は完全白紙である。
 ただ、このツアーの中で、無知で非力で未成年で迷子癖で立位体前屈の苦手な私には、彼らに何ら助力をも与えることができない。 私は、「何とかなりますように」と、期待を込めて彼らに一礼二拝し、その場を後にすることにした。

 何をするわけでもなく、私はキョロキョロと周囲の田園風景を眺めながら、一行から離れた場所で、ぼんやりと佇む。

 目の前に広がるのは、遥か彼方まで伸びた灰色アスファルトの一本道。路肩には民家が一切無く、延々と一本道しか存在しないその光景は、アメリカのハイウェイを彷彿とさせる。
 このアスファルトの道は、地平線へと向かって幾何学的に見事な一直線として一筋に伸び、遠くの空と道との境目のただ一点へと美しく収束している。それはあたかも、遠近法で書かれた、地平線へと続く一本道をモチーフにした一枚の絵画のようだった。この一本道が濁り一つなく、より完成度の高い芸術的な仕上がりになっているのは、この道に路上を行き交う人や車が全く無いためなのだろうか、とふと思った。
 そして、道の両脇には、民家の無い代わりに、豊かな緑海原が広がっていた。どこまで見渡しても、緑、緑、緑。
 アスファルトによる太陽熱の照り返しで焼けた空気は、呼吸する草たちの吐き出す酸素と交じり合う。一節吹いた風の動きに合わせて、天に向かって一心不乱で伸びている緑海原の草たちは、一斉に身体を震わせるようにして踊りだし、鈴のような葉擦りを周囲に響かせる。

 雨の恵みは大地の恵み、太陽の恵み。そして、母なる宇宙の恵み。
 それらの恵みの下に、植物たちは、その恵みに託された思いを届けようと、必死に天を目指し、そして人間によって刈られていく。刈られても、刈られても、DNAに刻み込まれて何代も受け継がれてきた思いは強く、ただただ、天を目指すのみ。決して届かぬ母の元へ、彼らはただひたすら目指す。それを温かく見守る母なる宇宙。
 根源的な母への愛、母の愛とはかく言うものであろうか、とふと考えたりする。

 サヤサヤサヤ……と、風が渡る。草たちは、風に身を任せるようにして、思い思いに風に吹かれるがままになっている。
 私は目を細めて風の流れを追った。時折、乾き切る寸前の夜露で濡れた葉先が、夜露の重みで傾きながら、真珠のようにきらめいた。
 目を閉じてみる。聞こえて来るのは、風の音、歌、嘆き。耳を澄ませて聞いてみると、風の止む一瞬の静寂が、螺旋のように私を取り囲む。それはあたかも、穏やかな水面に石を投げ込むことでできた、水の波紋のようだった。私を中心において静寂の小石が投げ込まれ、その静寂は私を包み込むようにして螺旋となって広がってゆく。
 しんとした音符のない世界が、呼吸のように広がるのを一体誰が止めれよう?
 私は何故か切なくなり、泣きたくなった。

見渡す限りの田園風景の中、アクシデントにより取り残された我ら一行。助けを呼ぼうにも、そこにあるのは、米粒大のあるかなきかの、遥か遠くにある家々。写真中央に大きく伸びた草々が、我々の置かれた孤独感をより強調している。 

 その時、自動車の音がした。まさしくそれは、タイヤと地面とを擦過する摩擦音であり、自動車のエンジン音であった。
 アクシデントで路上に留まること数十分、車1台見かけない荒涼としたこの場所に、走行する車がいるわけがない。私はその車の音を幻聴だと思った。幻聴と思わなければ、非常に哀しいものが残る。もしそれを本物の車の音だと期待した場合、それがそうではなかった場合に、裏切られたように感じるショックは計り知れないくらい大きい。私は何ら期待をすることなく―――しかし心の奥底では、今にも解けそうな一縷の望みを握り締めながら―――音のする方向に振り向いた。すると。

 アスファルトの一本道にキラリと輝く鉄製の物体が、我々に向かってやって来る。自動車には間違いないようだ。やっと、ヒッチハイクの可能性が出てきた。人気の無いこの道で、路上滞在数十分でヒッチハイクの期待のかかる自動車と巡り合うとは、何とも奇遇なことである。数時間のロスタイムすら危惧していたため、こんな早い時間に自動車に出会えるなどとは想像もしていなかった。
 ヒッチハイクの期待に私の胸は高鳴ったが、よく考えると、1台の自動車だけでは、20数名のこのツアーメンバー全員を運搬することなどできるはずもない。ヒッチハイクの可能性があるだけでも幸せだが、そもそも、ヒッチハイクを断られるかもしれない。過度の期待は禁物だ。
 向かってくる車が徐々に近づいたところで、全員でその自動車に向かって必死に手を振った。ガイドさんが、大きな紙に大きな文字でヒッチハイクの旨を書いて、プラカードのように掲げている。この車を逃しては、ツアーの前途に大きな陰を落とすためであろう。私も必死にアピールした。
 私は、全身に疲労感と悲壮感を漂わせながら、握ったコブシに親指を立てて前方にかざすヒッチハイクのポーズをとってみたものの、どう見てもそれが、走行する車に“Good luck! よき旅路を!”と応援しているように誤解されるような気がしてきた。「ヒッチハイクとグッドラックのポーズ、どう違うんだろう」と、私は疑問を覚え、首を傾げた。

 我々の悲痛な願いに気付いたのか、車は、全員の前に横付けするようにして止まった。何台にも便乗して目的地に向かうよりも、少しでも多くの人数の乗れる大きな車だったら嬉しいな、と淡い期待をもってその車を見ると―――バスだった。
 我々20人余がヒッチハイクとして初めて捕まえたのは、夢のような大型車、観光バスだなんて。そんなオイシイ話があるはずがない。私は、目の前の夢のような現実に首を振った。現実がそんなに甘いものではない、と私は重々承知しておる。
 バスというからには、乗客がいるわけである。停留所のなさそうなこの場所で、無人乗客の回送バスなどが走っているわけがない。だから、この捕まえた観光バスには、乗客が乗っているはずである。それも、定員ギリギリの乗客が乗っている場合、我々のツアーメンバーが乗ったとしても、それはごく2,3人程度であろう。もしくは、そのバスの乗客は定員オーバーであり、誰一人としてそのバスには乗り込めないこともあり得る。人生がシビアで甘いものではない以上、そうとしか考えられない。

 我々の目の前に止まったバスの昇降口が開いた。我々のツアーガイドMさんやガイドの範さん、運転手らがその中に乗り込み、再び昇降口が閉じた。バス中で、バスの乗客か誰かとヒッチハイクの交渉をしている。

 さて、吉と出るか凶と出るか。
 人生楽ありゃ苦もあるさ。
 何となく、水戸黄門のオープニング曲を思い出した。

 数分後、昇降口が開いた。重々しい顔つきで、全員が降りてきた。その様子をツアーメンバーは不安げに見守る。ツアーガイドの第一声を、固唾を飲んで見守る。結果を知るのが怖い気がした。炎天下の中、全身が冷えるような緊張に包まれる。時が止まるような一瞬。
 Mさんが満面の笑顔で叫ぶように言った。

「このバスには19人は乗れるそうです。ガイドや運転手以外の皆さんは、このバスに乗って、先にホテルへ向かって下さい」

 その途端に、メンバーに歓喜の声が湧き上がった。歓喜する前に、私は開いた口が塞がらなかった。まさか、そんなことが。あるはずが、ない。信じられない。信じられるわけが無い。
 なぜなら、目的地まであと20キロという、人里離れた一本道で乗っていたバスのタイヤが故障し、待つことしばし数十分、定員23人中2人しか乗っていないバスが、目の前に通りかかり、そのバスの関係者がヒッチハイクを快諾してくれて、偶然それに乗れるというのは……まずありえない出来事である。
 「とんとん拍子」「誂え向き」とはこのことだ。私は、自らの身に起こった千載一遇の出来事に深く感動した。感動したものの、どうしても現在の状況が信じられなくて、素直に喜べなかった。
 これじゃまるで、自分がご都合主義のドラマの中にいるような気がするではないか! 
 そう、それは、あたかも、2時間ものの刑事ドラマで、犯人についての手がかりが全く無い、迷宮入りしそうな事件において、小さな喫茶店に聞き込みにやって来た刑事が、容疑者の写真を店員に見せると、店員の第一声が「知りません」であったのに、しばらくすると、眉間に皺を寄せ、斜め上を見ながら、ポツリと、「そういえば……」と突如その店員の記憶が奇跡のように蘇る……というミラクル連発のご都合主義のドラマのごとき様相ではないか。

 まさに、ドラマのような出来事。ということは、ここまでドラマチックな演出がなされているのなら、このヒッチハイクを快諾してくれたバスの運転手は、きっとドラマのように素敵な人で、その人と私との運命の出会いがセッティングされているかもしれない。

 どんな人だろう。私の勝手な夢は膨らむ。
 私の好みではないが、今まさにタイムリーな映画『タイタニック』で主演をつとめた今をときめく甘いマスクのレオナルド・ディカプリオ風だったらどうしよう。好みではないために、上から目線で“巷ではおぬしに似た人をレオ様と呼ぶらしいじゃないか。ホラ、恋に落ちてやってもいいぞ”と横柄な態度で接しても面白そうである。
 あるいは、ハンニバル博士のアンソニー・ホプキンスで、楽しいバス旅のはずが、恐怖のホラームービー的な血祭りショーになり、乗客が一人減り、二人減り、そして誰もいなくなった―――となるかもしれない。それも面白そうである。
 あるいは、スティーブン・セガールで、誰も傍を走っていないのに、なぜか独りカーチェイスをしたり、何も無い路上でバスを横転させたりするかもしれない。楽しそうだ。
  それとも、サミュエル・L・ジャクソンで、バス乗客と突如白熱した銃撃戦を繰り広げるかもしれない。ドンパチを間近で見られたら最高に嬉しい。流れ弾に当たることすら、マイドリームになりそうである。
 しかし、ここは中国・雲南省。ハリウッドスター風の人がいるはずもないが、アジアンアクターの可能性は高い。ということは。
 香港アクションスターのジャッキー・チェンか、サモ・ハン・キンポーか、ユンピョウか。そうなったら、バスの車内はカンフー乱れ打ちである。少しボコボコに殴られると、嬉しくて今夜は寝られないかもしれない。受身の練習くらいはしておかないと、全身アザだらけか、鞭打ちの可能性もある。よし、頑張るぞ。
 どうしよう。どうしよう。こんなドリームバスに乗り合わせることができるなんて、最高にハッピーな旅だ。ヒッチハイクでバスに乗るという、ミラクルの続きがここにある。
 期待に胸を膨らませてそのバスに乗り込り、さりげなく運転席に目線を送ると、暑そうに額ににじみ出た汗を何度もハンカチで拭う、ごく普通のオジチャンがそこにいた。夢のような出来事のヒッチハイクが……やっと現実へと重なった気がした。

 そのバスの運転手や乗客に向かって「謝謝!」と下手な中国語を言いながら、頭を下げつつ、席に着いた。背もたれに沈み込むと、「助かった……」という気持ちで一杯になった。
 人の善意が、ありがたくてありがたくて、身に染みる。遠く日本を離れて、他人の優しさに触れる、この温もり。人種でも国籍でも性別でもない、心と心の、人とのつながりがこんなにもありがたいなんて。感謝しても尽きない。謝謝、謝謝!
 私がありがたい気持ちで目頭が熱くなっていると、このミラクルな状況に、誰かが思いついて言い出したのか、車内にいる先生方が、「こんな状況、なんだか奇跡だよね。まるで『タイタニック』みたい」と興奮気味に連呼していた。やがて車内は、異口同音に口々に「まるで『タイタニック』みたい!」のシュプレヒコールになってしまったその様子を見て、私は苦笑した。
 『タイタニック』? あの映画はどう考えてもパニック悲恋物語である。この状況を『タイタニック』に例えるなら、先生とガイドの二人を恋愛させて、その二人を引き離すように大事故を起こして、先生の一方を犠牲にして、数人のみを生き残らせないとらないといけないではないか。ヒッチハイクに成功したハッピーエンドとも言えそうなこの状況に対して、『タイタニック』のようなアンハッピーエンドの映画を形容詞句として用いるのは、かなりの齟齬があるような気がしたが、何も言わないことにした。
 『タイタニック』が1998年現在、日本中で大ブレイクしているタイムリーな映画である以上、先生方が『タイタニック』の名前を思いついたのは、仕方の無いことである。

 結局、運転手やガイドの範さん、ツアーガイドのMさん、男性陣と勇敢な女性陣の合計6人が、人数オーバーでそのバスには乗れないことになり、その場に留まることになった。彼らは、次にやって来るであろう車をヒッチハイクする第2便でホテルに向かうらしい。心の中で強く彼らへの感謝を想い、私を含めた19人がヒッチハイクでバスに乗り、一足先に故障したバスの元を離れ、ホテルへと向かうことになった。
 目指すは、大理。


有閑マダム登場

 バスは大理にあるホテルに前に到着した。重ね重ね、ヒッチハイクのお礼を述べながら、バスを降りる。感謝の思いでバスを見送った。
 ホテルの名は亜星大酒店。「大酒店」、という名前から、てっきり酒屋さんなのかと思っていたら、おばさんが「大酒店=ホテル」と耳打ちしてくれた。なるほど。ホテルのことなのか、と納得していると、今度は「亜星」というホテル名が気になってきた。ひょっといして、小林亜星がオーナーをしているのだろうか。パットサイデリア~と歌うとホテルを所有できるとは、作曲家って儲かるのね! と根拠無く勝手に納得しながら、ロビーへと入る。
 舞踏会でもできそうなくらいの広いスペースの大広間のロビー。繊細なシャンデリアの輝くだだっ広い吹き抜けの天井。このホテルが今回の旅の中で一番スケールの大きいホテルであることを表していた。石像や絵画などの点在する数々の芸術的なモニュメントは、デザイナーのセンスの良さが一見して分かる。派手過ぎないのに、調度品の品の良さと豪華さが際立っていた。オーナーのセンス? と考えて、「小林亜星は凄いなぁ」と相変わらず勘違いしていた。

 ロビーで待つ一行は、何もすることがないため、眉をひそめて様子を伺うホテル関係者を横目で見ながら、ソファに寝そべりながら待っていた。30分後、ヒッチハイク第2便のメンバーが到着した。どうやら、第1便が30分待ってヒッチハイクに成功した後、さらにその後30分後に、通りがかった車をヒッチハイクして第2便としてこのホテルに辿り着いたようだ。第2便のご苦労に感謝、感謝である。

 夕食。箸を取り、いざ食べようとしていると、突如、一行の座った席に、自らを台湾人と名乗る品のいいオバサマが乱入してきた。
 開口一番「こんばんわー」と言いながら登場した彼女は、引っ詰めた黒髪、小さめのぽっちゃりとした顔立ち、大きめの薄茶のサングラス、今にもザアマス言葉を使いそうな高音ボイスの話ぶり、そして流暢な日本語。どうやら、扇千影、淡谷のり子、塩沢ときなどのある種独特な有閑マダムのジャンルに区分される人のようである。
 それにしても、何だろうこの人……と思って彼女を見ていると、この有閑マダムは、食事を運んで来たウェイトレスに何やら説教をしている。何と態度のでかいオバハンや、と勘違いしそうになったが、よく見ると、彼女に対するウェイトレスやボーイの必死さ溢れる頭の下げ方と、彼女の威厳たっぷりな説教ぶりに、彼女がこのホテルの支配人であることが分かった。ここでやっと、私は小林亜星がオーナーでないことを知った(遅すぎる)。
 それにしても、後で親切そうなふりをして彼女に恩を売っておいた方が良いかしらん。海外で外国人に親切にすると、この外国人がこの世の方でなくなり遺産相続となったときに、何か特別の計らいがあるかも知れぬ。パプァニューギニアの1坪土地などを頂いたらどうしよう……などと不謹慎なことを考えているうちに、次々と料理が運ばれて来た。
 最初に私の目を引いたのは、豚肉の角煮。そう、ラフテーである。沖縄のラフテーは、とてもポピュラーで、家庭ではとてもよく食べられている(と思う)。沖縄のラフテーを脳裏に這わせ、目の前のラフテーを箸に取り、口に放り込む。それは、隠し味ではない、主張しまくりのシナモン風味の濃い、コクのある甘い美味しさ。しかし、沢山は食べられないという満足感。代わりにご飯は何杯でもいけそうである。
 こ こでも中身なしあんまんもどきのパンが陳列されていた。何気なくそれを手に取り、そのままパクつこうとしたところ、先ほどの有閑マダムがやって来て、何やらご指摘を下さった。それによると、そのパンは、各自の手元に配膳されている、小さな平皿に入っている練乳をつけて食するらしい。本当に美味しいのだろうか、と意外な組み合わせに不安を覚えつつ、有閑マダムの言うことに間違いはないだろう、と思いながら頬張った。パンのほんのり甘い味と、練乳の強い甘みが見事にマッチしている。とても美味しい。

中央にあるのが、中身なしあんまんもどき。練乳をつけると美味しいことを発見し、大満足の夕食。円卓の上に置くスペースがないために、まだ食べ物の乗っている皿の上に、別の皿を重ねて置く辺り、ゴージャスで、文化の違いがよく出ている。

 パンを食べ終わると、再び有閑マダムがテーブルにやって来て、残った練乳を湯呑みに入れてお湯を注いではどうか、とアドバイスした。その指示通り、残った練乳を湯呑みにいれて、お湯を注いでもらう。そしてそれをかき混ぜて飲む。
 ふんわりと甘い香り鼻腔を流れ、薄められた練乳が温かい甘い滴となって口の中に広がる。その飲み物の独特の甘さと味に、とても懐かしい、小学校低学年の頃を思い出した。風邪を引いたとき、薬を飲むのを嫌がった私に、「身体が温まるように」と、母の作ってくれたホットミルクの味。大きなマグカップに、一生懸命食らいつくように飲んでいた自分を思いだし、思わず苦笑。
 有閑マダムよ、ありがとう。また一つ、昔の自分を取り戻したよ。
 その練乳の、母のように甘くて優しい味に、長いバスの旅とバスの故障、そしてヒッチハイクというトラブルに、ピークに達していた心身の疲労が、解きほぐされていくようだった。

【第5章 第1節へと続く】


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