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傘日和

 


 

 我が肌を太陽の光にさらさぬよう苦心する私は、外出する際に自らの肌を決して焼かぬよう慎重に身支度を整える。

 その肌の色を単なる「色白」と言ってしまえば美白ブームの昨今において聞こえはいいが、紫外線の影響を受けやすい皮膚の弱い遺伝的な家系に生れ落ちた身としては、人より幾分際立った我が身の肌の白さを時に恨むことになる。

 そのために、戸外にて身体を紫外線に対して無防備のままにさらけ出し出歩くということは、到底受け入れ難い。

   

 我が住まう沖縄の夏の日差し眩しい客足の途絶えない若者の街・北谷町・美浜や、一年中観光客でごった返す「沖縄の中で一番沖縄らしくない」那覇市の国際通りなどの繁華街では、そこが炎天下であればあるほど、行き交う若い若い女性たちの肌は、無防備にも何ら日光との間を隔てることなく、正午過ぎの最も厳しい日差しに照らされ、それは星屑のように細かにきらめく大海の波打ち際のように、キラキラと眩い光を放っている。

 彼女らのキャミソールは、露出させた両肩の頂上を紐で吊った袖なしの上衣であるために、その露な肩は強く照らされた日差しによって紐と肌との間の細い陰影を肌に焼き付けられ、同じく肩を全て露出し脇から下を包む筒状の上衣であるチューブトップに至っては、ダイレクトに肩全体そして肩甲骨の窪みに至るまで灼熱の日差しを受けることになる。

 あるいは、股下数センチ程度のみ腰を覆い太ももを大胆に露出したホットパンツやマイクロミニスカートなどは大腿部の広い面積を広範囲にその日差しを無尽蔵に浴び続けている。

 これらの露になった肩や大腿部に降り注ぐ天からの紫外線の量は甚大であるのに、かのような女性たちは果たしてその露になった部分に大量の紫外線防止クリームを数時間毎に塗りこんでいるのかどうか、同じ女性として甚だ心配である。

   

 私とて当然若い女性の部類に入るのだが、紫外線を恐れる余りその肌を露出することは殆ど無い。

 紫外線対策の要である紫外線防止クリームへの信頼は皆無であり、それを顔全体へ化粧下地として塗る以外には用いることは無く、肩や腕や足などの紫外線対策は、日の出から日没までは肌の露出の一切を避けることをモットーとし、肌を露出できるのは日没後の夕刻以降と決めている。

 このドラキュラにも匹敵する太陽の日差しへの警戒振りには、時折日常生活に支障を来たす事もあるものの、皮膚の弱い遺伝的体質という目の前に横たわる避けられない運命とあらばそこに躊躇など入る余地は無い。

 したがって、私は家から一歩外に出る際に携帯サイトの紫外線情報「UVインデックス」の紫外線値をチェックすることを決して怠ることは無い。
 その紫外線値を頭に叩き込み、強い決意の元にいざ紫外線の暴風吹き荒れる炎天下へと足を一歩踏み出すのである。

   

 そのような私であるから、外出時には必ず傘を持ち、それを差して歩く。
 それが晴雨兼用のものかは露ぞ知らないが、丈夫な色つきのビニールの折り畳み傘はもはや携帯電話や財布などと並ぶ携帯常備品リストの常連であり、私のバックの中に鎮座する長期の居候である。


 日常生活において不可欠な傘をなぜか私はよく失くす。

 春夏秋冬の季節や寒暖差、日照時間を問わず、日の出から日没まで、地上を照らす太陽の光を徹底的に避けようと、私は自らの顔やや首筋を、傘の色濃い影で覆わねば決して安心することはない。

 正午を過ぎてやや日の傾きかけた黄身色に色付いた太陽の眩しい輝きを仰ぎ見るとき、極力細めた目の上にかざした手でなされる日除けの仕草を、私は大きく開かれた傘の下で、目も醒めるような濃い色の影をその顔に残しながら行うことになる。

   

 また、頭上に傘を差して行うことの出来ない庭作業や農作業の際には、私は芭蕉の葉で編まれた山形の笠(クバ笠)を自らの頭に被ることにしている。

 さて被ろうかと、笠を手に取りそれを頭に載せるものの、山形になった笠の内側の編みこまれた鋭利な草の先端に自らの頭を突き刺さしてしまい、慌てて笠を取り外し自分の首元にかけていたタオルで頭を覆い再び笠を被り直すのは、毎度のことである。

 肩口から首元へと通り抜けるほのかな風は、笠の内側で屈折し、周囲に太陽を浴びた匂やかな干草の香りを立ち上らせると、それを嗅ぐ私を、まるで春光溢れる藁の敷かれた小屋にあたかも自らの身を置いているような幻覚に捉われさせる。

 草独特のむせ返るくらいに濃厚で甘い清涼感のある匂いに包まれることのできる笠は、ビニール傘を開け広げ佇む一瞬とは違った趣をもたらしてくれる。

   

 しかしながら、傘を用いるべきはやはり雨の刻である。

 晴天の名残そのままに明るい空の中、唐突に降りだす夏の夕立は、激しく地面に打ち付ける雨の飛沫により霧となった私の視界を悪くするものの、この白く霧霞む中にぽっと浮き出た目にも鮮やかな真っ赤な傘の幻想的な風景を描き出してくれる。

 新しく購入した傘を鞄に収めたときなどは、数日前からの雨をもたらしえない雲ひとつない澄み切った晴天を窓辺に張り付くようにして見上げ、その晴天ににわかにどす黒い雲の押し寄せることと、その先にある激しい降雨を、心を浮き立たせながらひたすら願ったものである。

   

 また、雨の陸橋における風情は格別である。

 雨の降りしきる陸橋の長い通路に立ち、階下の歩道を覗き込むように見下ろしていると、行き交う大きさの異なる色とりどりの傘の軌跡が目に入り、それがまるで色つきのビー玉を自由自在に転がす巨大な遊技のように思えてくる。
 そこで時折起こる、どこからともなく流れに合流したひときわ鮮烈な色彩の傘の発見は、私にあたかも目新しい宝物を見つけたような浮き浮きとした童心のごとき高揚感を抱かせる。

 私は、このように、晴天雨天を問わず、好んで傘を差しつつ沖縄の街中を闊歩するのである。


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沖縄ってまだ行ったこと無いですが暑そうすね!日傘より直射日光強そう。

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