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オジイのラジオ

 


 

 盲目の祖父にとって、ラジオはまさに命そのものだった。
 米軍の払い下げ品である迷彩柄の手提げラジオを、祖父は五十年以上、大切に愛用していた。

 私の幼い頃、祖父母と私の家族とが同居していた時期があった。
 その時によく見かけていた光景がある。

 朝食を作るために祖母と母とが台所に立っている間、仏壇のある暗い居間にぽつりと置かれた小さな座卓の上のラジオを前にして、祖父はあぐらをかいて座り、朝のラジオニュースに聞き入るのが常だった。
 光を映さない灰色の曇った目を優しそうに細め、時折笑みを浮かべて、ニュースの声に頭を垂れて相槌を打つ祖父の姿を、私はいつも不思議に思って眺めていた。

 朝食を食べ終わると、祖父は水を入れるポリタンクとラジオを手にし、井戸の水汲みに出掛けるのが常だった。その後を裸足のまま追い駆ける私は、手伝うことはしないが、祖父の井戸汲みの作業を眺めるのが、ひとつの冒険のようでとても好きだった。

 家の裏手にあるキャベツ畑の入口には、錆び付いたトタンで蓋をしたセメント造りの井戸がある。祖父はそのトタンを取り外し、中に吊るしていた金属製のバケツを引き上げて、器用に水を汲み上げる。
 水を汲み上げた後の金属のバケツを井戸の中に落とすときに、水の上に落ちたバケツの鳴らす「カラン」という軽快な音は、私をその度ごとに小躍りさせて喜ばせた。
 井戸のセメントの囲いに、私は小さな両手を乗せ背伸びをして身を乗り出すと、「コラッ!」と決まって祖父に怒鳴られるのが毎日の風景だった。

 バケツを井戸に落とし水を入れて引き上げ、その中の水を給水のポリタンクに注ぎ入れる。その作業を何度か繰り返した後、祖父は井戸に背もたれて座り、汲み上げたばかりの水を持参したコップに入れて飲みながら、足元に置いたラジオから流れる懐メロに静かに耳を傾ける。
 その間、所在無い私は、朝露にぬれてひんやりとした畑の土を踏み鳴らしたり、キャベツの葉をかじるアオムシを集めて手の平に載せて競争させていた。

 幼稚園から帰って来た私と祖父母の三人でとる昼食は、会話も無くひっそりとしていた。
 沖縄方言を理解できない私は祖父母と話をすることを放棄し、祖父母のそばで一人沈黙をおかずにご飯をつついていた。

 昼食は、豆腐チャンプル、アーサの味噌汁、ご飯、そして幾つかのふかした小ぶりの紅芋。小さな座卓に所狭しと並べられていたこれらの周りを数匹の銀蝿がせわしなく飛び回る。

 私と祖父母はその座卓の前に座り昼食を取りながら、床に置いたラジオの声にじっと聞き入っていた。一心に朝食を食べる三人の沈黙の間を、チャラチャラと碗をつつく箸の音と、急須に入ったお茶を湯飲みに注ぎ入れる音、そしておしゃべりに花を咲かせるラジオDJの明るい声とが埋めてゆく。

 昼食を終えると、祖父は作業着に着替える。
 真っ黒に焼けた白髪の坊主頭には大きめのクバ笠がのり、首には汗拭き用のタオルが巻かれ、脇にはラジオ、手には農具小屋から取ってきた磨かれて光沢を放つ一本の鎌があった。

 家の隣にあるサトウキビ畑へ向かう祖父の姿を見つけると、私は小さな島ぞうりの音をパタパタと響かせながらその後を追う。

 祖父は畑の端から順序良くサトウキビを刈り取っていく。
 刈ったサトウキビの側面に刃を滑らせるようにして真っ直ぐに伸びた葉をそぎ落とす。葉を落とされ棒状になったサトウキビを祖父は畑の端にどんどんと積んでゆく。

 私は落とされた葉をサトウキビの収穫された後の畑に集め、草のベッドを作って寝転ぶのが常だった。時折身体に這い上がる蟻のために痒くなる背中やお腹を掻きながら、仰向けになってどこまでも青く広大な空に浮かぶ雲の数を、その色が赤く染まるまで指折り数えていた。

 全身汗だくになりながら行う祖父の刈り入れ作業の傍らにはいつもラジオがあった。風が渡りサトウキビの葉の揺れるサヤサヤという音がし、やがてそれが止むと、沖縄民謡の間延びしたような声と三線の音色が響き渡る。

 昼を半ばほど過ぎると、急須と湯呑み、さらにサーターアンダギーと黒糖を載せたお盆を持った祖母が現れるのを合図に、祖父は山と積まれたサトウキビの上に腰掛けて、祖母の到着を待つ。
 祖母の作った少し冷めかけのサーターアンダギーを祖父と祖母は一緒に頬張りながら、湯呑みのアメリカンコーヒーを飲む。二人の間をしんとした時間が流れる。
 しばらく経つとサトウキビのベッドの上でうたた寝をし始める祖父を見届けると、祖母は家の中に戻る。うたた寝する祖父の枕代わりをするラジオからは沖縄民謡が静かに流れている。

 夕食後、やぶ蚊のたち込める軒先にゴザを引き、あぐらをかいて座り、湯飲みに入れた泡盛をストレートでちびりちびり飲む祖父の毎晩の晩酌の相手を努めるのは、やはりラジオだった。それは大抵、プロ野球中継が流れていた。

 部屋に蚊帳を吊るし掛け、就寝の準備をする祖母は、寝所に置いてあった蚊取り線香を軒先の祖父に渡し、「うるさいよ」とだけ言い、部屋に戻ると蚊帳の中にかいくぐって眠りについた。
 大きないびきをかく祖母の横で、私は眠くなるまで、蚊帳に絡まったり、その中に入ったり出たりを繰り返して遊んだ。

 一方、目の見えない祖父はラジオのボリュームを絞る場所が分からずに、目の高さまでラジオを持ち上げ、スピーカーから手提げ部分に至るまで、手の平で全体をポンポンと叩き始める。
 何の偶然か、ラジオの音量が蚊のように小さくなると、ラジオをゆっくりと床に置き、湯飲みに残った少しの泡盛を一気にあおると、そのそばに頭を添えるようにして身体を横たえる。

 沖縄のラジオのある風景。

 時が経ち、アオムシだらけだったキャベツ畑も、底無し闇のようだった井戸も、ざわわと揺れるサトウキビ畑も、蚊帳を吊る釘の刺さった柱も、全て失われてしまった。
 区画整理は、土着する昭和の香りを何もかもことごとく消してしまった。 

 そして今。 

 毎年、祖父の命日になると、親類の誰かが、仏壇に置かれた祖父のラジオのスイッチを入れる。
 祖父の話で花を咲かせる親類たちの後ろでは、昭和の薫香の漂うラジオから、ジェロやエグザイルの曲が流れてくる。
 私はそれを寂寥感とともに、不思議な気持ちで聞いている。

 賑やかな親戚の団らんから離れて一人、コーヒーを飲んでいると、偶然にもそのカップの中に祖父の遺影が映り込んでいた。ハッとして見上げると、欄干に飾られた額縁の祖父が微笑んでいるのが私の目に入った。


 偶然にもコーヒーカップの中に映り込んだ遺影の祖父。不思議な光景だ。


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