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乱歩熱

 


 

 乱歩ファンなら誰でも陥る(と思われる)、乱歩熱に私は時々罹患する。

 寝ても覚めても乱歩。
 読まずには居られない物狂おしさ。
 時として狂気を帯びる作品の登場人物とシンクロするかのように、手から乱歩の本が離れない。
 本の中に没入するとはこのことか、と改めて実感できる幽玄の乱歩世界がそこにはある。

 ■ 江戸川 乱歩 ■ 明治27年(1894年)~昭和40年(1965年)
 大正から昭和期にかけて、主に推理小説を得意とした小説家・推理作家である。また、戦後は後進の作家の指導にもあたり推理小説専門の評論家としても活躍した。

 江戸川乱歩は欧米の探偵小説の影響を受けて本格探偵小説を書き始めた。
 平井太郎という平凡な本名を「江戸川乱歩」という洗練された筆名に変えたのは、もちろん、世界で初めて推理小説というジャンルを書いたアメリカの作家エドガー・アラン・ポーの影響によるものである。ポーの創り出したオーギュスト・デュパンに出会った乱歩の衝撃は想像に難くない。

 明治~大正~昭和を生きた文人である乱歩は、日清戦争勃発の頃に生まれ、近代日本の象徴だった明治天皇の崩御を多感な青年期で迎えた。

 富裕層と民衆との間に生じた経済格差など、社会的な矛盾が大きくなる中での自由を求めた大正デモクラシー運動や、首都を壊滅させた未曾有の大惨事である関東大震災などを、同時代で感じ、生きた人である。

 乱歩とともに生きた同世代の文人としては、夏目漱石、森鴎外の明治文豪や、永井荷風、谷崎潤一郎などの耽美派、志賀直哉、武者小路実篤など白樺派、芥川龍之介などの新思潮派など、まさに近代文学を代表する文学の大家ばかりであった。

 乱歩の書いた探偵小説だけでなく、日本の近代文学がその黎明と華々しい興隆を見せた、まさに輝かしい時期であった。

 乱歩作品を拝読すると、初期の作品が実に素晴らしいことが分かる。

 デビュー作の二銭銅貨を始め、二癈人、D坂の殺人事件、心理試験、白昼夢、屋根裏の散歩者、人間椅子など、本格推理短編小説としての極めて高い完成度、人物・事物・事象の丁寧な描写、そして乱歩の生きた時代の退廃的・享楽的な大正ロマンを、みずみずしく新鮮に、今まさに目の前で繰り広げられている情景のように生き生きと描いている点は、何度読み返しても感嘆するばかりである。

 特に、浅草や銀座界隈の、活動写真や歌劇、カフェなどの当時の庶民の風俗を垣間見せてくれる描写は秀逸である。永井荷風の緻密な風俗の活写と通じるところがあり、初期の乱歩作品を、文学作品と称しても肯んずることのできるのは、その巧みな描写力にあると思われる。

 乱歩を読んでいて感じるのは、極彩色の微細なガラスを散りばめた万華鏡の中を好奇心をもって覗き込むような、人心を浮き立たせ、しびれさせるような高揚感を与えてくれることである。乱歩魔力、と言っても差し支えない。

 乱歩はその初期には代表作と云われる名作を沢山世に送り出しながらも、長編の原稿依頼が増えるに従いその質を著しく低下させたようである。

 明智小五郎、小林少年、怪人二十面相が活躍する「少年探偵団」シリーズなどは(小学生の私を熱狂させたが)、探偵小説を広く一般に広めさせたという喜ばしい反面、物語のマンネリ化や大きな物語破綻、ゴーストライターによる頻繁な執筆など、作品の低俗化を招き、初期の幽玄・耽美的な文学の香りを全く失わせる残念な結果となった。

 少年探偵団シリーズを幼心に熱中していた時分には、まさか乱歩作品にゴーストライターがいたなどと知りえなかったことではあったが、大人になって乱歩を再読してみて初めて、初期作品とゴースト作品との違いが歴然と判明し、さらに初期の代表作の一つ一つの偉大さを再認識するに至ったのである。

 乱歩マイベスト5を挙げるとすれば、屋根裏の散歩者、白昼夢、芋虫、押し絵と旅する男、人間椅子。

 他にも沢山あるが厳選して五作品だけを選んでみた。
 ともすると、アブノーマル、キワモノ、グロテスク、ゲテモノ扱いされることも多い乱歩だが、「芋虫」などは動物的な臭気に満ちながらも優美にも感じられるのが不思議である。
 いずれにせよ、読み手の価値観に左右されることは否めないのは確かである。

 私にとっての乱歩の魅力とは、文明開化という押し寄せる時代の流れの中で、洋装と和装の人々の混在、資本主義の台頭と旧来の価値観といった混沌とした大正ロマンを胸一杯満喫できる点であろうか。

 大正ロマンをテーマにしたアミューズメントパークに自らを置いているような気分にさせてくれる乱歩ワールド。
 いつだったか、乱歩の面影を今も残す東京は浅草を散策した際に、ビル街の雑踏の中で、赤いちょうちんを見つけると、胸がドキドキして仕方が無かったのを今でもよく覚えている。

 私の乱歩熱は、まだ醒めそうに無い。


 乱歩の名言「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」になぞらえて。雨の路面に映る木。


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