« 戦争、こんな未来 | トップページ | おじいさんのドア 目次 »

モラル低下、こんな未来


 もしも、こんな未来があったなら。

 教師A氏は、生徒から集めた教材費をこっそりと懐にしまい込むと、その足で銀行に向かい、自分の口座に迷うことなくそれを入金した。
 ちょっとだけ、小遣いが欲しいだけなんだ。そんな些細な動機から彼は教材費を着服することにした。自分を応対する銀行窓口の女性がやけに優しく感じるのは、自分の行為が後ろめたいことだからなのか。

 銀行員B氏は、目の前の顧客に愛想良く対応する傍ら、ドキドキと胸を高鳴らせていた。彼女は、先日、業務手続きの傍ら、銀行のお金を自分の口座に流し込み、そのお金で高価な宝石を買っていたのだ。
 これは、ほんの出来心。パソコン操作で簡単にお金が動くという仕組みが悪いんじゃない? 彼女は思った。後悔は無い。ただ、宝石が欲しかった。
 その宝石を胸ポケットに忍ばせて業務を続けながら、彼女は、いつばれるかというスリルとともに、時々沸き起こる不思議な優越感に浸っていた。

 宝石店で働く店員C氏は、高価な宝石を現金で購入した客の女性が、嬉々として店外に出て行くのを見届け、店内に客が誰も居ないことを確認すると、素早くスタッフルームに入り、荷物をまとめた。もうこの宝石店に用は無い。
 彼は、時々、店の宝石を数点持ち出し、質屋に売り飛ばしていた。その売却代金が結構な額になった先日、やっと商品減少の不審に気付いた店長は、帳簿確認を始め出した。店長にばれる前に店を辞めよう、それは商品持ち出しを始めたときに決めていた。
 この貯まったお金でどこか遠くへ行こう。警察に捕まる前に。

 質屋の店主D氏は、客の男性の提示する数点の宝石に対し、破格の安値を設定して、有無を言わさず買い取った。スズメの涙程度の買取合計額に疑問を感じることなく喜び勇んで帰っていくその客を見て、彼はほくそ笑んでいた。
 この宝石を高額で売れば、莫大な収益になる。だから質屋は止められない。

 警察官E氏は、盗品が売られているという確かな情報を得て、捜索差押令状を手に、とある質屋を家宅捜索していた。店主が蒼い顔で事情聴取に応じているのを横目で見つつ、彼は証拠品を次々と押収していった。
 そんな中、商品陳列棚に置かれていた高価そうな宝石を見つけ、それを素早く自分のポケットに滑り込ませた。誰も気付いていないのをさりげなく確認して、一考。
 証拠品の紛失が発覚したときに、警官たちへの所持品検査が行われたら。確実に宝石を失敬したのが自分であることがばれてしまう。休憩時間にでも封書にこの宝石を入れて、自分の自宅宛に配送しよう。早く休憩時間にならないかな。休憩時間の訪れを待ちながら、家宅捜索を続ける。
 この宝石を売ったら、いくらのお金になるのだろう。ギャンブルに注ぎ込める少しだけのお金が欲しいんだ。ただ、それだけ。

 宅配業者F氏は、その封書の厚みと手触りだけで中身を推察することに長けていた。……この形状、ひょっとして。彼は同僚の目を盗んで封書を開けた。
 封書から掌に転がり落ちたのは、高価そうな宝石。それを見た瞬間、彼はそれを素早くポケットに入れた。宅配物を紛失しても大した賠償金額にはならないことを彼は知っていた。この高そうな宝石の価額に比べれば。大したことはない。
 胸ポケットの僅かな感触が嬉しい。

 タクシー運転手G氏は、ひどく泥酔したその客が、運賃の支払いのために胸ポケットから皺くちゃのお札を取り出すのを、運転席のミラーを通してじっと見つめていた。お札を取り出したその時、指の隙間から転がり落ちるキラリと光るものを、彼は見逃さなかった。
 客を降ろした後、後部座席を隈なく探すと、出てきたのは、高価そうな宝石ひとつ。宝石を目の前にして、彼はニヤリと笑い、自分の運転するタクシーをある場所に向かわせた。

 政治家H氏は、時々利用するタクシー会社の運転手と、応接室で面談していた。
「この高価な宝石で、ひとつお願いします」と頭を下げる運転手に対し、彼は快諾の言葉を述べ、その運転手と固い握手を交わした。
 タクシーを使う際にはこの運転手のタクシーを意図的に選んで欲しい、との便宜を図る依頼だった。彼はこういうことは慣れていた。「次期選挙では会社ぐるみで私に票を入れるように。よろしく」と告げることも忘れなかった。
 運転手が帰った後、彼は、掌の上で輝く宝石を見つめ、その処遇を考えた。

 少年I氏は、自分の母親が宝石を目の前に掲げて延々と有頂天になっているのを、うんざりとしながら見ていた。
 自分や父親のことを放ったままにして、濃い化粧でめかし込み、毎夜出掛ける母親が、大喜びで帰宅したのが、昨夜のこと。
 お酒と香水を混ぜ合わせた臭いを全身にプンプンとさせながら、「付き合っている人から宝石をプレゼントされたの。お父さんには内緒よ」と少女のように上気しながら彼に話し掛ける母親を見て、彼は、どうしても言い出せなかった。
 先日きちんと支払ったはずの学校の教材費が、なぜか再度請求されたことを。それがかなりの額であり、彼の小遣いからは到底支払えないことを。
 家族の忠告や抗議の言葉を何も聞き入れることのない、自己中心に動く母親のことを考え、彼は母親に教材費の支払いをお願いすることを諦めた。
 ・・・お金が欲しい。どうすれば手に入るのだろう。お金が欲しい。どうすれば。
 数個の単語を脳裏で浮遊させた後、彼はふと思い立ち、家を出た。深夜のコンビニに向かいながら、ポケットの中でカッターナイフを弄ぶ。その足取りはやや重く、眼差しはとても哀しげで―――鋭かった。

   

◆ 終わり ◆

   

・・・あとがき・・・

 最後までお読み下さり、ありがとうございます。
 心から感謝を申し上げます。

 なお、文章に稚拙な部分が多く見受けられるとは思いますが、筆者の文章力の未熟さゆえでございますので、ご容赦下さいまし。

 ご感想などございましたら、コメント欄にお寄せください。
 心よりお待ち申し上げております。

 お読みくださり、誠にありがとうございました。

琉球の宮


 当作品へのご意見・ご感想などがございましたら、下記のコメント欄へご遠慮なくご記入、ご送信下さい。メールアドレス及びURLは記入しなくても構いません。貴方のコメントを、心よりお待ちしています。


« 戦争、こんな未来 | トップページ | おじいさんのドア 目次 »

短編小説集:未来シリーズ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 戦争、こんな未来 | トップページ | おじいさんのドア 目次 »

お品書き

大好評★架空請求の体験談

おすすめエッセイ

おすすめ小説

無料ブログはココログ